生活再発見

伊庭の水郷・東近江市伊庭町

伊庭の水郷・東近江市伊庭町

基本情報
名称 伊庭の水郷と伊庭内湖
URL
文化財指定等 平成21年度近江水の宝選定
所在地 東近江市伊庭町周辺
電話番号
営業時間
定休日等
料金
※平成22年11月現在

~豊かな水の宝、「里湖(さとうみ)」を守る~

集落の中を流れる水路に、「田舟」の模型が置かれている

 湖東平野に残る水郷集落のひとつ、東近江市伊庭。中世にここを本拠地とした伊庭氏の居館跡であり、江戸時代には旗本の陣屋がおかれた「伊庭城址」、現在の勤節館を中心に、瓜生川から引かれた水路が町を縦横に巡っている。現在は埋められている水路もあるが、大部分はそのまま残り、今も豊かで美しい水が流れている。水路では鯉が飼われているほか、小魚や昆虫などさまざまな生き物の姿が見える。

伊庭町内にいくつものこっているカワトのひとつ。水路には小魚など多数の生物がいる

 伊庭内湖と大中の湖を分ける瓜生川の自然堤防上に形成された伊庭の集落は、中世以降、湖東地域における琵琶湖水運の要衝としておおいに発展し、「伊庭千軒」と呼ばれるほどに多くの家々が建ち並んでいたという。当時の水路は現在見られる水路幅よりも広く、伊庭内湖で漁業が行われていたころは、水路は水田へ水を供給する役割を担うと共に、「田舟」と呼ばれる船を浮かべて収穫物や肥料などを運ぶ、文字通り水の路としても利用された。また祭りのときには山から下ろされた神輿が舟に乗せられ、集落内の水路を通って内湖の湖岸にあった御旅所まで運ばれていたそうだ。集落の西端には海運業者や船乗りの守り神である金比羅神社があり、江戸時代の常夜灯がのこされている。伊庭が琵琶湖の水運と深く結びついていた証だと考えられる。各家には「カワト」と呼ばれる川へと通じる石段があり、食事の支度や洗濯、風呂の水汲みなどを行うとともに、船の係留する船着場として用いられていた。伊庭の生活は、内湖や水路と密接に結びついており、自然と共生する生活体系が築き上げられたものだ。伊庭の人々にとって、水に寄り添う生活はごく当たり前のものであった。だが集落の暮らしと切っても切れない関係にあった水路も、車社会の進展とともに道路拡張工事などで狭められ、道路側がコンクリート岸になってしまった。それでも水路沿いに建つ家々にのこされているカワトが、往時の様子をいまに伝えている。

以前は水路にもゴミが平気で捨てられていたという

 伊庭の暮らしを支えていた伊庭内湖は、五十数個あった内湖のうち承水溝として干拓されずに残った湖であり、コイやフナ、モロコなどが産卵を行い、夏にはホタルが飛び交う。冬になるとマガモやコガモ、キンクロハジロ、オオバンなど2千羽を超える水鳥が飛来する。また、渡り鳥の絶滅危機増大種が繁殖するようになった。美しい水は、生き物を守り、育む母なる水資源でもある。しかし近年、伊庭を取り巻く水環境に変化が見られるようになる。外来魚の増加やゴミの不法投棄などが影響し、内湖の環境が徐々に悪化。一方で、非常に珍しい野鳥・アカツクシガモが飛来したことを通じて内湖の自然に注目が集まった。

地元の人たちの力で、昔の姿を取り戻してきた伊庭内湖

 「あまりに身近で伊庭内湖に残る自然に気付いていませんでした。外の人から素晴らしいといわれてはじめて“内湖を守ろう”という気持ちや意見が出てきたのです」と「伊庭内湖の自然を守る会」の長谷川美雄会長は話す。平成17年3月に発足した会は、当初8人による小さな活動だったが、活動が認められるに連れて賛同者や協力者が増え、平成22年にはさまざまな地区から40名もの人々が集う活動へと成長を遂げた。外来魚の駆除や葦刈り、清掃活動を軸に内湖を守る活動を行っている。「外来魚釣り大会」と銘打ち、外来魚を釣って、ブラックバスの唐揚げを食べるイベントや探鳥会を開いたり、子供たちによる水環境の調査研究を表彰したりと、周囲の人々が楽しく参加・協力しつつ、内湖や水環境についての知識を深めることができるように工夫している。
 「伊庭内湖の自然を守る会」の長谷川会長をはじめ、「伊庭の里湖づくり推進協議会」の田中信弘会長、「日本野鳥の会」滋賀代表を務める石井秀憲氏、地域の昔をよく知る大西義生氏らは、「一度は消えかけたかつての伊庭内湖の姿が戻ってきたのを感じています。地道な努力こそが里湖を守る近道ですから、今後も少しずつ進めて行きたい」と口をそろえる。地域の内側からの声や力と共に、外からの視点を取り入れて、地元では分からなかった魅力を掘り起こす取り組みも行うという。人の手が入ってこそ維持できる里山ならぬ「里湖」を今後も守り、さらに改善し、本来の姿を取り戻していく予定だ。
(取材日:平成22年10月19日)

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