生活再発見

近江八幡の水郷 ・近江八幡市

近江八幡の水郷 ・近江八幡市

基本情報
名称 近江八幡の水郷
URL http://www.omi8.com/index1.htm(近江八幡観光物産協会HP内)
文化財指定等 重要文化的景観(全国第一号)  重要伝統的建造物群保存地区(八幡堀、新町通り、永原町通り等)  国土交通省「蘇る水百選」(生まれ変わる八幡堀)  平成20年度近江水の宝選定
所在地 近江八幡市
電話番号 0748-32-7003(社)近江八幡観光物産協会
営業時間
定休日等
料金 水郷めぐりについては各社に問合せ
※平成23年11月現在

~愛され守られてきた水郷めぐりと八幡堀~

1時間ほどかけて水郷をめぐる船旅。船頭さんのお話に耳を傾けながらゆっくりとした時間を過ごせる。

 滋賀県近江八幡市の北東部に位置する西の湖。「春色 安土八幡の水郷」として琵琶湖八景の一つにも数えられており、近江八幡の水郷、茨城県の潮来、福岡県の柳川と合わせて日本の三大水郷と呼ばれ雄大な自然を誇る。
 以前より観光地として有名であったが、ヨシの水質を浄化する働きや西の湖周辺の貴重な生態系にも関心が寄せられている。2006年1月には、西の湖を中心に、長命寺川、八幡堀と周辺のヨシの群生地が重要文化的景観選定制度適用の全国第1号として「近江八幡の水郷」の名称で選定を受けた。

いくつも船が並ぶ船乗り場。この日大阪から来られていたご夫婦は「昔のおもむきが残っているのがいいところ」と満足気な様子だった

 水郷をゆっくりと船でめぐる時間は訪れた人に都会の喧騒を忘れさせてくれる。とりわけ、ヨシが織り成す四季折々の姿は水郷めぐりの大きな魅力だ。春はヨシが芽吹きだす季節、風がふき水面がキラキラと光る様子に目が奪われる。夏は青々と4~5mほどに成長した姿を見ることができる。梅雨の時期からはヨシキリもやってきて、きれいなさえずりがあちこちから聞こえてくる。秋は黄金色に変化し、これまでの景色とは一変する。この時期は一年で最も観光客が多い季節になるそうだ。冬は各地でヨシ刈りの様子を見ることができる。雪が降れば山水画のような景色になるという。水郷の風物詩とも言える「ヨシ焼き」は2月~3月の上旬に行われる。このヨシ焼きは春の芽吹きをよくするために行われる。船頭さんのお話を聞きながら水郷の自然を感じて、短いながらも充実した船上の時を過ごすことができるだろう。
 定期便については予約は不要だが、団体で行く場合など貸切で利用する際には予約が必要になる。なお、定期便は冬期運休となる会社もあるので、各社のホームページ等で確認されたい。

長いお堀のそばでは絵を描く人や写真を撮る人など様々な楽しみ方がある

 水郷めぐりの船乗り場から市街地の方へ向かうと歴史ある近江八幡の町並みが見えてくる。時代劇の撮影地としてもよく使われる八幡堀だ。
 天正13年(1585)に豊臣秀次が八幡山に城を築き、城下町ができたことから八幡堀の歴史は始まる。秀次は堀を城の防護のためではなく、琵琶湖とつなぎ湖上を往来する船を城下内に寄港させるために造らせた。八幡堀は大津港~長浜港、大津港~今津港の中継貿易点のような役割を果たし、物や情報を集めた。さらに楽市楽座制を実施することで城下が大いに活気づいたと言われている。
 築城から5年後、秀次は清洲へ移封となり京極高次が城主となる。そこからさらに5年後秀次が自刃し、高次は大津城へ移封、八幡山城は廃城となってしまう。このとき町を支えたのが商人たち。活躍の場を全国へ求めて旅立ち、これが近江商人の始まりとなった。
 しかし戦後、陸上交通が発達するなかで八幡堀が水路として使われなくなっていき、八幡堀に大きな変化が訪れる。高度経済成長期になると、区画整理や工場の誘致など都市整備が活発化、また琵琶湖総合開発による琵琶湖の水位低下や生活排水の流入により水質が悪化した。さらには人々のライフスタイルの変化から、昭和30年代には市民にも忘れられた存在となったこともあり、ついには衛生的観点からも八幡堀は埋め立てる計画が進められた。

荒廃していたころの八幡堀の姿。昭和40年頃は堆積したヘドロが1.8メートル、5万立方メートルにもなっていた。(提供:近江八幡観光物産協会)。

 この動きに歯止めをかけたのが地元の近江八幡青年会議所。昭和47年、「堀は埋めた瞬間から後悔が始まる」と近江八幡の全市民に復元を呼びかけ活動を始めた。昭和50年には他では類を見ないような「死に甲斐のあるまち」をまちづくりのコンセプトとして新たな運動を始める。ここに骨を埋めていいのか、近江八幡はそんなふるさとなのかどうかを問うものであった。最初は協力者が少ない中での活動であったが、徐々に応援する人が増えついには市民と行政の協力により今の姿へと回復を遂げた。今も清掃活動などを通して維持する努力が続けられている。

現在の八幡堀の姿。水路として使われていた頃の姿を取り戻し、船での八幡堀めぐりもできる。

 今後も八幡堀を守っていくことについて、近江八幡観光物産協会の田中事務局長は「歴史として知っていることと体験しているものは違う。八幡堀祭りなど様々な取組があるが、町との接点を住民のみなさんに持ってもらい愛着を持ってもらうことが大切。今の八幡堀の姿を守っていくことは当然のことだが、もしも再び八幡堀が廃れてしまったとしても、またみんなの力で今の姿を取り戻したい。」と思いを語った。
 近江八幡には人々に愛されてきた水郷めぐりと、1度は失いかけたが市民の力で以前の姿を取り戻した八幡堀がある。「近江八幡の水郷」はこれからも日々の生活の中で大切にされていくのは間違いないであろう。

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