歴史再発見

オランダ堰提・大津市上田上

オランダ堰提・大津市上田上

基本情報
名称 オランダ堰堤(おらんだえんてい)
URL
文化財指定等 日本の産業遺産300選、土木学会選奨土木遺産(平成16年度)
近江水の宝(平成21年度)選定
所在地 大津市上田上桐生町
電話番号
営業時間
定休日等
料金
※平成22年11月現在

~100年以上にわたって土砂災害を防ぎ続ける~

現在、「オランダ堰提」周辺は大津市の教育キャンプ場「桐生若人の広場」となっており、多くのレジャー客が訪れる

 ヨハネス・デ・レーケ(Johannis de Rijke)という人物をご存じだろうか。明治6年(1873年)、内務省土木局に招かれて来日したオランダ人の土木技術者である。明治政府は近代化を目指して欧米の最新技術や学問、制度を国内に導入するために多くの外国人を雇用した。その中で水工技術者の一人としてオランダから招聘されたのが、デ・レーケだった。

上から見たオランダ堰提。ゆるく反っているのが良くわかる

 優れた技術を実地で磨いていたデ・レーケの高い技術は、日本に来てすぐに発揮される。田上山の近隣では古来から寺社の造営あるいは住民の生活のために木々が伐採され、明治の初期にはあちこちの山林が荒廃し、土砂の流出が洪水の一因となっていたのだ。デ・レーケはたびたび氾濫する淀川の治水事業にかかわり、施工や監理を中心に担当した。明治10年代にハゲ山と化した田上山で砂防事業が開始され、その一環で明治22年(1889年)にデ・レーケの指導、日本人技術者・田邊義三郎の設計により造られたとされるのが、大津市上田上桐生町の砂防堰堤である。この砂防堰堤は築設より100年以上たった今でも健在で、デ・レーケの母国にちなんで「オランダ堰提」と呼称されている。ただし、この堰堤にデ・レーケがかかわったとする直接的な資料は残っていない。

せき止められた土砂の上を流れる水は非常に澄んでおり、小さな魚が何匹も泳いでいる様子が見られた

 オランダ堰提の大きさは、堤長34メートル、直高7メートル、厚さ35センチ、幅55センチ、長さ120センチほどという形状の花崗岩で作った切石を、階段状に20段積み上げている。ゆるくアーチ形に湾曲させることで中央に水の流れを集中させて両袖部が削られにくくしており、耐久性にすぐれた巧みな構造だ。
 今も人々の暮らしを守りつづけているオランダ堰提は明治時代に施工された堰堤のうち最も古いものの一つであるといわれ、「日本の産業遺産300選」や「土木学会選奨土木遺産(平成16年度)」にも認定されている。

オランダ堰提の近くに建てられたヨハネス・デ・レーケの胸像

 大津市上田上森町にある「鎧堰提」も、オランダ堰提と並ぶ田上山中に作られた石積み堰提の代表的なものだ。こちらは堤長9メートル、直高6.8メートルの大きさで、土砂の流出を防ぐのに効果を発揮し、私たちの生活を影から支えてくれる。
 なお、デ・レーケは淀川の治水工事だけでなく全国の港湾の建築計画を立てたほか、木曽川の下流三川分流計画を成功させるなど、その業績を高く評価されている。彼は1903年(明治36年)まで都合30年以上日本に滞在し、帰国に際し日本の土木の基礎を築いたとして勲二等瑞宝章を授与された。
 デ・レーケが直接関与したかどうか定かではないにもかかわらず、「オランダ堰堤」と名付けられたのは、長年にわたり卓越した技術で水の流れを守る「オランダ堰提」に、日本の砂防や治山工事に心血を注ぎ込んだデ・レーケの姿が重なったからではないだろうか。
(取材日:平成22年10月14日)

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