歴史再発見

金剛輪寺明寿院庭園・愛知郡愛荘町

金剛輪寺明寿院庭園・愛知郡愛荘町

基本情報
名称 金剛輪寺明寿院庭園
URL http://kongourinji.jp/index.html
文化財指定等 明寿院庭園は国指定名勝。本堂大悲閣は国宝。三重塔、二天門、木造阿弥陀如来坐像(2体)、木造十一面観音立像、木造不動明王立像、木造毘沙門天立像、木造慈恵大師坐像(2体)、木造四天王像、銅磬は国指定重要文化財
所在地 愛知郡愛荘町松尾寺874(金剛輪寺境内)
電話番号 0749-37-3211(金剛輪寺)
拝観時間 8時30分~17時
定休日等 無休
料金 大人500円※大人30人以上で450円
※平成23年2月現在

~高僧・源信が願いを込めて建てた仏堂が起源~

多様な植栽で四季の移ろいを楽しむことができる。

 参道の途中に金剛輪寺本坊「明寿院(みょうじゅいん)」がある。かつては学頭所として使われた建物で、1977年には火災で書院、玄関、庫裏を焼失。現在の建物はその後に再建されたものである。正徳元年(1711年)に建てられた護摩堂と、安政年間(1854-1860年)建造の茶室「水雲閣」は焼失を免れ、現在まで残っている。

庭を見下ろすような、少し高い位置に建てられた茶室「水雲閣」。

 明寿院の南・東・北の三方を囲むように、非常に大きく立派な庭園「明寿院庭園」が配されている。桃山、江戸初期、江戸中期と違う時代に作庭された、三庭からなる池泉回遊(ちせんかいゆう)・鑑賞式庭園。後方に広がる山と一体化した自然の中の庭園であるため、庭を眺めていると雄大な自然の中に身を置いているかのような感覚が味わえるスケールの大きな庭園だ。
 作庭の時期は石組などから特定されている。少しずつ趣向の違う庭が一度に楽しめるほか、庭内に建つ茶室からの眺めも絶景とされる。三庭はそれぞれが名勝に指定されており、心の字池が三庭を結ぶ作り。作者は不詳だが、老杉蒼松の自然を背景に灯籠や泉、石、樹木などを配置した美しい庭として知られている。
 三庭のなかで最も古い桃山時代の庭は「石楠花(しゃくなげ)の庭」とも呼ばれ、春になると庭の側にある護摩堂付近にカキツバタや滋賀県の花にも指定されているシャクナゲが鮮やかに咲く、華やかな風情が楽しめる。庭の中央には優雅な石橋が架けられ、鎌倉時代に作られたという宝篋印塔(ほうきょういんとう)が配された、品格のある古庭である。

わびさびを感じられるからと、「庭好き」な人は冬を好んで訪れるという。

 金剛輪寺の主庭は江戸初期に作庭されたもの。豪華な石組みに、枯滝を配した、他の二庭とは趣が異なるどっしりと落ち着いた雰囲気が特徴。初夏になると、池一面に睡蓮が花を咲かせる清楚な姿が愛でられる。
 一番新しく作られた江戸中期の庭は、滝から池に水が流れる優雅な池泉回遊式庭園。池の中には、七福神の宝船のような石造りの船が浮かんでいる。4月下旬には満点星が花を咲かせるほか、秋には紅葉が真っ赤に染まり、より一層美しい風景を作り出してくれる。
 桃山時代の宝篋印塔を見下ろすように建つ、二畳台目の茶室「水雲閣」。幕末に作られ、焼失を免れた茶室は「湖東随一」であるともいわれる格式高いもの。
 待合の格天井には、桜、なでしこ、菊など四季の花が描かれている。
 「水雲閣」は「赤報隊」決起の場としても知られている。赤報隊は薩摩藩の西郷隆盛や公家の岩倉具視の支援を得て結成された新政府の一部隊で、記録によれば、慶応4年(1868年)1月8日に、近江国松尾山の金剛輪寺において結成されたと伝わっている。

書院から庭を眺めていると、立体的な庭の景色がアート作品のように感じられる。

 濱中光礼住職は明寿院庭園について、「このお庭は、観音様のお心を表しています。庭を見ていると心が和み、癒されるのは観音様の存在が庭のなかにあるからです」とのこと。庭を見るときも、参拝をする時も、常に仏を感じてほしいのだという。庭の見所については、どの季節の風情も美しいとしながらも、「5月、新緑に包まれた生命力あふれた姿が素晴らしいと思います。山中の寺ですから外界よりも気温が低く、夏に訪れて豊かな緑や水をみながら涼むのもいいかもしれません。寒さの厳しい冬は、花なども無く一見寂しいたたずまいですですが、わびさびを感じられるいい季節なのではないかとも思います」と、四季折々の魅力についてもお話が伺えた。
(取材日:平成22年12月15日)

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