伝統再発見

勝部の火まつり・守山市勝部町

勝部の火まつり・守山市勝部町

基本情報
名称 勝部の火まつり
URL
文化財指定等 県選択無形民俗文化財、勝部神社本殿は国指定重要文化財
開催地 守山市勝部町1丁目8番8号(勝部神社境内)
電話番号 077-583-4085(勝部神社)
開催日 毎年1月の第2土曜日
定休日等
料金
※平成22年1月現在

~神社境内が炎の海と化す近江の奇祭~

太鼓渡りを行う若衆たち。太鼓を担いで、威勢よく町内を練り歩き、境内に入っていく

 天火明命(あめのほのあかりのみこと)と宇麻志間知命(うましまぢのみこと)、布津主神(ふつぬしのかみ)を祭神とする勝部神社。布津主神が武神であることから、勝部神社は武家の崇敬が篤く、特に近江の守護職を歴任し近江源氏と呼ばれた佐々木氏は、出陣の際には決まって勝部神社の林の竹を旗竿として使用したと言われている。本殿は、明応6年(1497年)に佐々木氏の嫡流の六角高頼の寄進により再建されたもので、国指定の重要文化財となっている。

境内に配置された大松明。榛の木(ハンノキ)、菜種殻、青竹などを荒縄で堅く結んで作られている。

 勝部神社で毎年1月第2土曜日に行われる松明祭は、近江の奇祭「勝部の火まつり」として有名で、昭和33年に県無形民俗文化財に選択された。社伝によるとこの松明行事の起源は、鎌倉時代、土御門天皇の御世までさかのぼる。重い病にかかった土御門天皇を占い師に占わせたところ、「近江国粟太と野洲の境にある大沼に数千年は生きた『おろち』がいて、これが天皇に危害を加えている」と答えた。すぐにおろち退治の兵が現地に派遣されたが、おろちは姿を現さない。一同が討伐祈願のため、50日間勝部神社にこもったところ、満願の日にどこからともなく疲れ切った巨大な蛇が出現したので、これを討ち取り焼き払うと天皇の病気も快癒したという。
 この出来事に始まる勝部の火まつりは、大蛇に見立てた大きな松明十数基を境内に並べ、一斉に火を付けるという、非常に勇壮な火祭りだ。祭りの主役ともいえる大松明は長さが約5~6m、最大直径約4m、重さは約400kg。祭りの当日には、菜種の殻が松明の先に付けられ、松明一本一本に米、イワシ、豆腐が供えられて祈祷が行われる。

大きく燃え上がる炎の前で乱舞する松明組

 祭りのもう一方の主役が「松明組」の若衆である。松明組は勝部の住人による火祭りに奉仕する組織で、若衆は中・高生から35歳までの男性と決められている。35歳以上の者は世話役として祭りに加わる。祭り当日、太鼓の準備や昼の祭典が終わると身を清めて祭りの衣装に着替え、夕方に住吉会館に集合する。松明組の祭り装束は、真冬の夜に行われる祭りにもかかわらず地下足袋と、若手は白のふんどし、年長者は赤のふんどしだけという姿だ。午後6時ごろ、「修祓式」が始まる。修祓式は祭りが始まる前に先だって行う禊祓いの儀式のことで、松明組のけがれを除き、無事故であるよう祈願する。住吉会館にて待機する松明組の元へ神社からの使者が来ると、組員たちは神社に向かい神職からお祓いを受け、組長は神職から松明組を指揮する御幣を譲り受ける。修祓式が終わると松明組は「太鼓渡り」のために住吉会館に戻る。太鼓渡りは、組員が3つのグループに分かれて一番太鼓、二番太鼓、三番太鼓を担ぎ、勝部の町を練り歩く行事。3基の太鼓はそれぞれ歩くコースが別々に定められており、1時間あまりかけて町内を巡る。

御神火で点火された大松明は一気に燃え上がり、周囲に熱気を振りまく

 午後8時ごろ太鼓渡りを終えて、太鼓が鳥居前に集まる。一番太鼓から順番に境内に入ってくるのだが、鳥居をくぐるときには、ひときわ威勢よく派手に太鼓が揺さぶられる。3基の太鼓が境内にそろうと、「牛玉(しゅうし)参り」が行われ、「松明宮入り」となる。十数基の大松明が境内に運び込まれて、境内に勢ぞろいする。大松明は400kgほどあるため、非常に大変な作業である。松明宮入になると観客も次第に興奮と期待が高まってきて、盛り上がりを見せ始めだす。
 大松明がすべてそろうと、御神火を授かった火受け人数名が一斉に点火。祭りは一気に最高潮へ達する。文字通り、瞬く間に十数メートルもの火炎が立ち上る。火の海と化した境内で褌姿の裸の若衆たちが「ごーよ」「ひゅーよ」(御悩平癒の意)と叫びながら乱舞する様子は、まさに近江の奇祭と呼ぶにふさわしい光景だ。
 大松明の火にあたると健康に過ごせるといわれ、観客は炎に向かって、一年の無病息災を祈る。次第に火の勢いが衰え、菜種殻が大方燃え尽きてしまうと、「引き松明」を行う。大松明を境内から引きずり出し、神社前の楓三道にある小川に浸して消火し、松明組若衆が一年をかけて準備してきた勝部の火まつりは幕を閉じる。

御神火で点火された大松明は一気に燃え上がり、周囲に熱気を振りまく

 氏子総代の奥村哲さんにお話をうかがった。「勝部の火まつりを続けていくためには、様々な問題があります。祭りを行うための資金や松明を作るための資材を集めるのも大変です。資材の準備は12月からはじまって、いろいろな方の協力を得て苦労しながらなんとかやっています。でも一番の問題は『人』です。参加者が年々減っています。少子化や受験などいろいろな原因がありますが、街に住む人が少しずつ入れ替わってきたのか、地元の結束力が弱くなっているのも、その一つでしょう」と、伝統行事を守ることの難しさを語る奥村さん。「この火祭りは神事であるのは当然ですが、私たちは『人づくり、街づくりのための祭り』だと思っています。若衆として15、6歳から35歳まで参加すると、若い時には20歳年上の人と、自分が年上になれば20歳も年下の子と絆ができます。20年間かけて、地域の人々との濃密な人間関係が築かれていくんです。こういうことによって地元の結束が強くなり、地域の活性化につながります。伝統行事として保存していく上で、祭りの形式だけでなく、内面や意義も引き継いでいきたいと考えています」と、祭りを通じて自分たちの生まれ育った地域をよりよいものにしたいという思いを語ってくれた。
(取材日:平成23年1月8日)

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