伝統再発見

油日祭りの奴振・甲賀市

油日祭りの奴振・甲賀市

基本情報
名称 油日祭りの奴振
URL
文化財指定等 県選択無形民俗文化財
開催地 油日神社 滋賀県甲賀市甲賀町油日1042
電話番号 0748-88-2106(油日神社)
祭礼日 5月1日(奴振は5年に1度、次回は2016年)
定休日等
料金
※平成23年5月現在

~5年に1度見せる頭殿行列の姿~

油日神社に振り込む上野頭による奴振。

 油の神として全国に知られる油日神社。この神社の祭礼、油日祭は五穀豊作を祈願する春祭りで毎年行われているが、5年に1度は奴振が行われる。県の選択無形民俗文化財の神事で、このときは雲助姿の長持奴ほか総勢60余名からなる頭殿行列が御輿に続いて練り歩く姿を見ることができる。独特の調子で歌いながら行われる身振りや、華やかな衣装に目が留まる。
 油日神社は聖徳太子が社壇を建立し油日大明神を祀ったと伝えられている古い歴史を持つ。明治維新までは「油日大明神」と呼ばれ油の火の神様として庶民信仰を集め、現在でも全国油業界の信仰が厚い。本殿・拝殿・楼門・回廊はいずれも重要文化財。また境内にある高野槇(コウヤマキ)は樹齢700年以上と 推定され、滋賀県の自然記念物に指定されている。

華やかな衣装に身を包んだ花奴がお旅所に振り込む。

 この油日神社の祭礼として行われる油日祭りは、平年は4月25日に行われる獅子の布付け神事に始まり、6日間にわたる獅子巡行を経て、5月1日に御輿渡御で終る。
ただし、5年に1度は上野頭による「奴振(やっこぶり)」が奉納され、5月1日に氏子村を巡る御輿の渡御に衣装を凝らした3人の長持奴(ながもちやっこ)と8人の花奴(はなやっこ)からなる奴振の行列が加わる。祭り当日はこの伝統ある行列の姿を見ようと境内には大勢の人が集まる。奴振は頭殿(とうどう)と呼ばれる祭主に従う供の行列で、先頭は御用長持をかく長持奴が独特の調子で音頭を取り、身振りをつけながら練り歩く。これに続くのが花奴で、2組4名の挟箱奴(はさんばこやっこ)と2名の毛槍奴が身振りを加えながら進み、その後ろでは押えが拍子木の合図によりその動きを指揮する。 奴たちは4月半ばからおよそ2週間、奴振の稽古に励み、4月29日には本番さながらに行う「足揃え」を経て、5月1日祭りの当日を迎える。

全国の油業者から信仰を集める油日神社。楼門とそれにつながるように建てられた回廊は国の重要文化財。

  祭りの当日、行列が鳥居前に到着すると、まず長持奴が長持ちをゆすり長持ち歌を歌いながら振り込みを行い、続いて、挟箱奴と毛槍奴が押さえの拍子木の合図を受け振り込む。これが終ると裃に一文字笠の徒士が楼門までの参道の左右に分かれて並ぶ。そこを二人の女の子が勤める御方が付き添いの婦人とともに楼門前に進み出て、頭殿を迎える。馬に乗った頭殿は中央を通って進み、楼門をくぐって境内に参入する。
 少し休憩をとり、宮立祭が行われた後に、2基の御輿の渡御が始まる。頭殿の行列はこれに続き、1日かけて練り歩く。再び神社に帰ってくるころには完全に日も暮れているが、神社に振り込む奴たちには境内で迎える人々から惜しみない拍手が送られる。

一日かけてまちを練り歩くため行列が神社に帰ってくるころには日が暮れている。

 祭りではこのような奴たちの華やかな所作が祭りの見所ともなっているが、これは江戸時代中期以降に風流化の流れが強まったことに由来するという。奴の奇抜な振る舞い、華やかな衣装、道中の歌など一種の練物として人々の関心をひきつけるようになったと考えられている。明治時代以前は「上野頭・高野頭・相模頭・佐治頭・岩室頭」の5頭が順に頭殿を出したと伝えられているが、現在は上野頭のみが伝承していることから奴振が5年に1度行われる結果となっている。次に行われるのは2016年の5月1日。

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