伝統再発見

伊吹山奉納太鼓踊・米原市上野

伊吹山奉納太鼓踊・米原市上野

基本情報
名称 伊吹山奉納太鼓踊
URL
文化財指定等 県選択無形民俗文化財。平成20年度近江水の宝選定
開催地 米原市上野 上野会館~三之宮神社
電話番号
開催日 5年に1度、10月第1日曜日。次回予定は平成27年
定休日等
料金
※平成22年10月現在

~五年に一度行われる、伊吹山の雨乞いの返礼踊り~

衣装も役割によって分かれる。太鼓や鉦は派手な赤のひごてだが、踊り手は羽織袴。女性はかすりの着物姿だ。

衣装も役割によって分かれる。太鼓や鉦は派手な赤のひごてだが、踊り手は羽織袴。女性はかすりの着物姿だ。

「日本百名山」のひとつ、伊吹山。滋賀県最高峰の山で、古くから霊峰として信仰や畏敬の対象とされてきた山である。交通の便が良いこと、多くの伝説が残ること、野草が豊富に自生することなどから、多くの登山者が伊吹山を訪れる。伊吹山の登山客に利用されるバス停「伊吹山登山口」のすぐ近くにあるのが、上野地区の三之宮神社だ。

幼児たちもふくべ振りとして、祭りに参加。手にしたお手製のふくべを元気よく振る。

幼児たちもふくべ振りとして、祭りに参加。手にしたお手製のふくべを元気よく振る。

 この地域は、伊吹山の谷水を生活用水や灌漑用水に利用してきた地区である。日照りによって谷水が涸れてしまうことは、農民にとって死活問題だった。そこで上野地区の人々は、干ばつが続くと三之宮神社に集まり、雨乞いを行ったという。それでも干ばつがひどいようであれば、伊吹山頂上に氏子全員が参集した。登山途中に集めた柴を山頂にある弥勒堂の前に積み上げて、千束焚き(せんばたき)と呼ばれるお火焚きをし、村人たちは千束焚きの周りで雨乞いの踊りを踊ったといわれている。日が暮れだす頃に雨乞いの踊りが終わり、用意してきた松明に千束焚きの火を移して、自分の家へと帰っていったのである。
 雨乞いのおかげで雨が降って、秋に豊作となった際は、「返礼の踊り」が三之宮神社に奉納されていた。しかし大正13年以降は昭和22年に一度奉納されただけで、伊吹山の雨乞いの踊りも返礼の踊りも人々に忘れられてしまった。
 だが昭和42年の10月に返礼の踊りが復活し、「伊吹山奉納太鼓踊」として伝統が受け継がれ、その後は昭和44年、53年、60年、平成2年、7年、12年、17年、22年に奉納されている。昭和54年には滋賀県選択無形民俗文化財の選択を受けた。

行列の先頭が神社入り口に到着。一段一段、踊りのリズムに合わせてゆっくりと上がっていく。

行列の先頭が神社入り口に到着。一段一段、踊りのリズムに合わせてゆっくりと上がっていく。

 伊吹山奉納太鼓踊りは、松明持ち、笛、太鼓、鉦(かね)、踊り手、ふくべ(ひょうたん)振りらおよそ180人が行列となって、上野会館前を正午にスタートし、三之宮神社まで150メートルほどの距離を1時間30分かけて、踊りながらゆっくりゆっくりと行進する。笛、鉦と太鼓が鳴らされ、「よーい、そーりゃ」の合いの手が入るたびに1歩だけ前進する。役割ごとに華やかな衣装をきっちりと着込み、踊りや鳴り物も見事にそろっている行列が進むさまは勇壮だ。行列全員が境内に到着すると、輪になって奉納の踊りが始まった。ひとつ目の踊りを終えたところで休憩に入る。休憩後は奉納踊が再開。鉦と太鼓が中心となって、息の合った踊りが行われていく。小気味良いリズムと、楽しげな踊りは大勢の観客を魅了する。奉納踊が終了したのは16時前。本来ならば夜に「笠破り」という、衣装を替えて行う終幕の部があるのだが、2010年は雨天のため中止となった。

五年に一度の行事とあって大勢の見物客が訪れ、威勢のいい踊りに、たくさんの歓声と拍手が送られていた。

五年に一度の行事とあって大勢の見物客が訪れ、威勢のいい踊りに、たくさんの歓声と拍手が送られていた。

 このお祭りを残すのにどんな苦労があるのか、伊吹山奉納太鼓踊保存会・会長の清水さんに、お話を伺った。「太鼓踊の練習は、6月から始まりました。8月からは月曜から金曜まで毎日、神社の境内で練習をします。参加してくれる皆さんは自分の時間をやりくりしながら、練習の時間を作ってくれました。地元の大切な伝統を残そうというみんなの気持ちのおかげです。ただし、やはり年々参加者が減っているのには苦労しています。特に若い世代が減っているので、今後が心配ですね」。
 太鼓を担当していた若い方に話を聞くと「今年は10年ぶりの参加です。10年も経つと踊りを忘れてしまったので大変でした。がんばって練習に参加して、踊れるようになったのでよかったです」とのことだった。「次の奉納太鼓踊は参加するのか」と聞くと、「できるだけ参加したい。地元の大事な文化や絆を大切にしていきたいと思っています」と力強い返答だった。地元民の熱意が込められているこの祭りを、いつまでも残していってほしいものだ。
(取材日:平成22年10月3日)

関連タグ一覧