伝統再発見

水口曳山まつり・甲賀市水口町

水口曳山まつり・甲賀市水口町

基本情報
名称 水口曳山まつり
URL
文化財指定等 県指定無形民俗文化財
開催地 水口神社(滋賀県甲賀市水口町宮の前3番14号)周辺
電話番号 0748-65-0708 水口町観光協会事務局(甲賀市役所商工観光課内)
開催日 毎年4月19日に宵宮祭、20日に例大祭
開催時間
料金 無料
※平成22年11月現在

~曳山は趣ある城下町によく似合う~

 城下町の町割に、宿場町らしい風情ある建築が随所に残る町、水口。「水口曳山まつり」は、そんな美しい町並みのなかを曳山が練り歩く、歴史ある祭りだ。市内中心部にある水口神社を中心に、毎年4月19日と20日に行われる。16基ある曳山は、日野町で行われる「日野まつり」の曳山と同じく、県内最多の数を誇る。「水口曳山まつり」は県の無形民俗文化財に指定されている。古代より京と伊勢を繋ぐ街道の要所にあった水口は、戦国時代末に水口岡山城が築かれ、江戸時代初期には水口城が建てられるなど、城下町として整備された町だ。江戸時代を通して東海道50番目の宿場町としてにぎわいを見せていた水口の町では、町人文化の興隆で「曳山まつり」が開かれるようになった。曳山は町の繁栄の象徴としての意味合いをもち、天王、天神、東町、西町、伝馬、悔町、新町、中町、美濃部の9ヶ村の氏子たちが曳山を造って奉納したことが「水口曳山まつり」の始まりといわれる。

「山」(やま)とも呼ばれる曳山が水口神社の例祭に初めて登場したのは、享保20年(1735年)、江戸時代半ばのこと。初めは9基の巡行から始まったそうだが、最盛期にはその数30基を超えていたという。当時の水口の経済力がいかに大きなものであったかが窺えるだろう。現存する16基の曳山は甲賀市の有形民俗文化財に指定されている。水口の曳山は「二層露天四輪」という構造をもち、白木の緻密な木組みや美しい彫刻が特徴。屋上に「ダシ」と呼ばれる故事や言い伝え、その年の流行などにちなんだ人形を載せ、「水口ばやし」の軽やかなリズムとともに町をゆく。毎年、16基のうちの5基から8基の曳山が祭りに登場し、2010年は湯屋町(ユヤマチ)、柳町、作坂町(ツクリザカチョウ)、平町(ヒラマチ)、河内町(カワチマチ)の曳山が水口神社境内に出揃った。

 4月19日に行われた宵宮祭では、「水口ばやし」が5町それぞれの曳山周辺で奏でられ、水口神社境内でも披露された。大太鼓、小太鼓、鉦、横笛を使った「水口ばやし」は、関西でよく奏でられる「祇園囃子」のゆったりとした調子とは違い、江戸の祭囃子とよく似て、リズミカルでアップテンポなのが特徴。神前奉納として「額(がく)」と「大蛇(おろち)」、巡行の際には「馬鹿囃子(ばかばやし)」、「八妙(やたい)」、大馬(おうま)」など、いくつかの曲が奏でられる。各町内で3月から練習し始めるというだけあって、その調べには安定感があり、一体感のあるすばらしいものであった。祭りに参加していた初老の方の話では、昔は長男しか曳山に上がれず、「水口ばやし」を継承するものも長男のみに限られるなど、厳格な定めがあった。現在では、少子化や男女同権などの考え方の影響もあり、男女、長男次男関係なく継承されるようになったそうだ。

 境内は「ほい」とか「ほいのぼり」と呼ばれる花を模した飾り付けで華やかに彩られていた。水口の「ほいのぼり」はその花びらにプラスチック製のものを使わず、桜色の紙を用いて昔ながらのスタイルを守っている。聞くところによると、この「ほいのぼり」は「日野まつり」で飾られる「ほいのぼり」に由来するらしく、昔の「水口曳山まつり」にはなかったそうで、日野から水口に移り住んだ方が作り続けてきたという。ただ、「ほいのぼり」は現在では1基10万円もするらしく、その技の伝承もいまのところ厳しい状態なのだとも聞いた。祭では、「水口ばやし」の軽妙な調べとともに水口神社境内を出た曳山が、すぐに「ギリ回し」と呼ばれる方向転換をする。曳山の下から出した心棒を支点に、引き手総勢で体重をバランスよくかけ、ゆっくりと廻す。こうして方向転換された曳山は、美しい松並木の神社参道を進み、町なかを何度も「ギリ回し」しながら各町の蔵へと帰っていく。
 翌日の本祭「例大祭」はあいにくの雨の中始まった。朝、各町内から曳山が水口神社に集まり、神事と神輿の渡御・還御の後、各町へ帰っていく「帰り山」が繰り広げられ、見物客の目を楽しませた。
(取材日:平成22年4月)

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