伝統再発見

大津祭・大津市

大津祭・大津市

基本情報1
名称 大津祭
URL http://www.otsu-matsuri.jp/home/
文化財指定等 県指定民俗無形文化財
西行桜狸山の狸面は大津市指定有形文化財。
13基の曳山は大津市指定有形民俗文化財。
月宮殿山と龍門滝山の毛綴の見送り幕は国指定重要文化財
開催地 天孫神社(大津市京町三丁目3-36)、大津市中央通り一帯
開催日 宵宮・10月第2土曜日。本祭・10月第2日曜日
開催時間 宵宮は夕刻から21時まで。本祭は天孫神社を9時30分出発
料金 無料
※平成22年11月現在

基本情報2
名称 大津祭曳山展示館(NPO法人大津祭曳山連盟)
URL http://www.otsu-matsuri.jp/home/
所在地 大津市中央1丁目2番27号(丸屋町商店街内)
電話番号 077-525-0505(大津祭曳山連盟)、077-521-1013(大津祭曳山展示館)
営業時間 10時~19時
定休日等 月曜(祝日の場合翌日)、盆、年末年始
料金 入場無料
※平成22年11月現在

~町人の心意気が今に息づく「大津祭」~

唐織、朝鮮織、ベルギーはブリュッセル製の毛綴など、海外の織物なども取り入れた豪華絢爛な幕が曳山を彩る。

唐織、朝鮮織、ベルギーはブリュッセル製の毛綴など、海外の織物なども取り入れた豪華絢爛な幕が曳山を彩る。

 コンチキチンの囃子の中、「動く文化財」とも呼ばれる、江戸時代に制作された13基の曳山がゆっくりと市内を巡行する大津祭。曳山の上からは厄除けの粽がまかれ、見物の人々が粽を求めて手を伸ばす姿も見られる。
 湖国三大祭にも数えられ、滋賀県指定無形民俗文化財にも指定されている大津祭は、大津市の中央部に位置する京町三丁目の天孫(四宮)神社の祭礼。近世、湖上交通の要所としての港町、東海道五十三次の宿場町、さらには三井寺の門前町として大津は大いに栄えた。豊かな経済力を持った大津町人の心意気が作り上げたのが大津祭なのだ。大津祭がいつ始まったのかは定かではないが、江戸時代の初めにあたる慶長・元和年間(1598~1624年)のことだと言われている。大津祭の原型は、鍛冶屋町に住む塩売(塩屋)治兵衛という者が祭礼の時に、狸の面をかぶって踊ったことに由来すると伝えられる。治兵衛の踊りが人気になったので、鍛冶屋町内で屋台を作って幕を張り、鉦と太鼓の囃子に合わせて、治兵衛が町内で踊り歩いた。

源氏山の所望の様子。小さな人形が次々と登場してからくりが演じられると、見物客から大きな歓声が起こった。これが回り舞台の原型ともいわれている。

源氏山の所望の様子。小さな人形が次々と登場してからくりが演じられると、見物客から大きな歓声が起こった。これが回り舞台の原型ともいわれている。

 京都祇園祭の風情を色濃く継承しているのも大津祭の特徴のひとつ。曳山も、祇園祭の山鉾によく似ている。しかし曳山と山鉾で大きく違うのは、故事や能楽・謡曲を題材にした「からくり」だろう。大津祭のからくりは、全国で2番目に古いとも言われている。からくりを演じることを所望(しょもう)と呼び、本祭の巡行中20数カ所で曳山の巡行を止め、所望が行われる。一説には、年老いた塩売治兵衛の代わりに腹鼓を打つ狸のからくりを使い、やがて屋台を引き回すようになったのが曳山の元祖といわれ、曳山の先頭は旧鍛冶屋町の「西行桜狸山(さいぎょうざくらたぬきやま)」が務める。曳山にはそれぞれ物語があり、からくりによってそれが表現される。例えば西行桜狸山は花の中から仙人が現れて、西行法師と問答し、「西王母山(せいおうぼざん)」は桃が二つに割れ、中から童子が生まれるなど、それぞれ趣向を凝らした精巧なからくりが演じられる。

午前中は囃子方の衣装は紋付きを着用。午後には着流しに変わる。囃し方は男性と決められており、女性は上ることはできない。

午前中は囃子方の衣装は紋付きを着用。午後には着流しに変わる。囃し方は男性と決められており、女性は上ることはできない。

 大津祭は9月16日、天孫神社で曳山の巡行順を決める「くじ取り式」で幕を開ける。先頭は「西行桜狸山」と決まっているが、2番目以降の順序はこのくじ取り式の結果で決められる。くじ取り式の夜から各曳山町ではお囃子の稽古がはじまり、10月1日には「総囃子」として稽古の総仕上げが行われる。囃し方として参加できるのは男性のみ。これは大津祭りが旦那衆の祭りであったことや、女性は留守を守り、お客様を接待するという祭りにおける重要な役割を担っているという、町人の作り上げた祭りらしい成り立ちに基づいている。現在も曳山は女人禁制で男性が表舞台には立っているが、女性は裏から祭りを支える重役を果たしている。

幻想的な雰囲気を漂わせている宵宮の曳山。からくりは曳山に載せず、各町内の町家で展示されている。

幻想的な雰囲気を漂わせている宵宮の曳山。からくりは曳山に載せず、各町内の町家で展示されている。

 曳山を組み立てる「山建て」は、本祭1週間前の日曜に行われ、午後からは「曳初め」として、町内および周辺を曳いて回る。その後は、本祭前日の宵宮を待つことになる。
 10月第2土曜の「宵宮」は夜の祭りだ。午前中に飾り付けられ、午後に宵宮曳きを済ませた曳山は夕刻になると提灯がともされ、昼の姿とは違う美しく艶やかな姿が楽しめる。「宵宮」のお囃子は「ヨイヤマ」という曲。本祭の巡行時とは違う力強い大太鼓の音と笛の音が、より一層の風情を添えてくれる。
 明けて10月の第2日曜の「本祭」は、天孫神社前に集合した曳山が9時頃から丸1日かけて街中を巡行し、所望を演じ、厄除けちまきや各曳山の手拭いがまかれる。華やかな祭には、市内外、県外からも多くの人々がつめかける。当日来客は10万人ともいわれ、多くの人がさまざまな場所から曳山の姿を楽しむ。
 夕刻、寺町通りで祭終了、解散となる。この時は、どの曳山も「戻り山」という曲を囃し、それぞれが町内に戻っていく。

曳き手はすべて曳山町以外の人々がボランティアで参加する。かつては、曳き手を務めたのは出入り業者で、お声が掛かることが名誉だったとか。

曳き手はすべて曳山町以外の人々がボランティアで参加する。かつては、曳き手を務めたのは出入り業者で、お声が掛かることが名誉だったとか。

 祭りは各曳山町とNPO法人大津祭曳山連盟が協力して行っている。大津祭曳山連盟は平成18年度より大津市の委託を受け、「大津祭曳山展示館」という情報館を設けて、大津祭の情報を常時発信するほか、「祭り提灯の似合う町並み」をスローガンに、曳山町および大津一帯の活性化や町おこしにも尽力している。
 大津祭曳山連盟の稲岡隆司事務局長は、大津祭は少しずつ活性化していると話してくれた。「以前は曳山を曳く“曳き手”がおらず、苦労したこともありましたが、最近は企業や地域の大学の協力もあり、多数の曳き手ボランティアの方が集まってくれるようになりました。海外からの参加者や学生さんも多く、祭りの裾野の広がりを感じています」と話す。反面、各曳山町の人手不足が懸念されているという。「大津の町自体に魅力が増し、町が活性化すれば事態も変わります。大津には町家や古い町並みなどが残っており、魅力を感じている外部の人もたくさんいます。町家の活用や旧町名の看板などを通じて大津の町を変え、伝統のある大津祭をもりたてて行きたいと思います」
(取材日:平成22年10月)

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