伝統再発見

近江下田焼・湖南市岩根

近江下田焼・湖南市岩根

基本情報
名称 近江下田焼
URL
文化財指定等 滋賀県知事指定伝統的工芸品
所在地 湖南市岩根1656(湖南市伝統工芸館内)
電話番号 0748-71-4667
営業時間 10:00~18:00
定休日等 月曜日、火曜日
料金 会館の見学は無料。絵付け体験は要予約、700円~
※平成23年3月現在

~日用品として親しまれてきた、素朴でシンプルな焼き物~

「人の手で作った器は、すぐに手になじむんですよ」と小迫さんは語る。

 湖南市下田地域の伝統的な陶芸品、近江下田焼。白い生地に「呉須」と呼ばれる鮮やかな藍色の絵付けが特徴で、高温で焼くため割れにくく、日常で使う食器などが製造されている。
 近江下田焼のはじまりは江戸時代中期までさかのぼる。下田地域に住んでいた村人・喜多安兵衛が、近隣の山で陶芸に適した粘りのある土を見つけたことから、自らの手で陶器を作ることを志した。京都で修業し、製陶の技術を習得した安兵衛が帰郷したのは宝暦年間のころ。師匠とともに周辺地域のさまざまな土を調査して、村の西方の長谷(蒲生郡竜王町の鏡山)にて陶器に最適な原料を発見し、作陶を開始したという。

愛情のこもったまなざしで作品と向かい合い小迫さん。手にしているのが自作の道具。

 近江下田焼が始まったころの製品は、土瓶や灯明器(神仏に捧げるための灯り台)、油さしなどであったが、次第に日常で用いる雑器を焼くようになった。最盛期には製陶する家が14戸余りまで増え、販路も各地に広がっていった。しかし明治以降は産業の機械化による大量生産製品に圧迫されて廃業が相次ぎ、近江下田焼の伝統を守るのは梅山製陶所だけとなってしまった。梅山製陶所・山中保蔵さんの作品には下田焼の往時の姿形や面影が色濃く残っており、生活に密着した民芸品として広く愛好された。山中さんによって、製品の種類も土瓶や急須、茶器、花器、皿、鉢など豊富になったが、山中さんの死去により平成元年(1989年)に惜しまれつつも廃窯となってしまう。

小迫さんの指先が、魔法のように器を形作っていく。

 この近江下田焼が復活するのは平成6年(1994年)のこと。山中さんに師事した小迫一さんによって再興されたのだ。小迫さんは昭和54年(1979年)に山中さんの元に弟子入りし、各地で修業したのち昭和61年(1986年)に下田窯に戻り、再び山中さんに師事していた。平成元年に梅山製陶所が廃窯になった後は自らの窯「阿星窯」を石部町東寺(現湖南市東寺)に築いていたが、地元の人々の支援や旧甲西町の強い要請などにより、平成6年に湖南市伝統工芸会館の一角で、再び下田窯を開いたのである。湖南市伝統工芸会館には小迫さんの工房と近江下田焼のギャラリー、販売スペースがあり、小迫さんは夫人の千春さんと2人で切り盛りしている。

 小迫さんは近江下田焼の魅力を「何げないところ」だという。日常で使うことを前提に作られた近江下田焼は華美な装飾もなく、簡素な雰囲気だ。だが「食器として使ってみるとその良さがわかりますよ」と小迫さん。「器を持ったときの手触り。唇をつけたときの触感など、すべての感覚を心地よく刺激してくれます。近江下田焼は使っている人の心をほっとさせてくれるぬくもりがあります。それは大量生産品にはだせない、数値にできない魅力です」。五感すべてに訴えかける近江下田焼にとって、虚飾を排した素朴な風合もまた、使う人に安らぎを与える要素なのだ。一度は絶えてしまった近江下田焼再興の道は決してたやすいものではなかったはずだが、苦労話を尋ねても「下田焼にほれ込んだからね」と、小迫さんは照れくさそうな笑顔を返すばかり。しかし現在も、悩みや困難には事欠かない。近江下田焼を受け継ぎ、守っていく者が自分ひとりしかいない事実が、小迫さんの背中に重くのしかかる。例えば、廃れていく中で失われてしまった技術や道具類について、誰も聞く人や相談相手がいない。そんなときは、分からないことがあれば学んだ知識と想像力を総動員し、失われた道具は自作するなど、小迫さんは工夫と努力を重ねてきた。

「毎日使ってもらえるのが近江下田焼の本来の姿ですので、日常の景色になじむデザインや使いやすさが大切ですね」

 それでも職人一人では生産できる数も限られ、近江下田焼を求める多くの人へ届けることも難しい。また特徴である美しい藍色を作り出している天然の呉須(染め付けに用いる藍色の顔料)が希少になり、手に入れるのが困難になっている。「好きじゃないと続けられないですね」という小迫さんは、「呉須も天然だからこそ、素朴かつ味わいのある風合が出ます。悩みや困難はいっぱいあるかもしれませんが、日用品として使ってもらうことが一番大切です。その中で、自分が近江下田焼にほれ込んだように、自分の作ったものに惚れてもらえたら嬉しいですね」と語った。
(取材日:平成23年1月19日)

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