芸術再発見

ガリ版伝承館・東近江市

ガリ版伝承館・東近江市

基本情報
名称 ガリ版伝承館
URL http://www.city.higashiomi.shiga.jp/0000000117.html
文化財指定等
所在地 東近江市蒲生岡本町663番地
電話番号 050-5802-3134(近江商人博物館)
開館日 土、日 (ただし、ガリ版体験希望の場合は要予約)
開館時間 10:00~16:00
入館料 無料
※平成24年4月現在

~ガリ版印刷を今に伝える~

ガリ版伝承館洋館。奥に見えるのはガリ版伝承館母屋。ガリ版体験は奥の日本家屋で行われる。

 「ガリガリ」と鉄筆がロウ原紙を削る音が聞こえてくる。同じ文章を簡単に印刷することができる印刷機、ガリ版こと「謄写版(とうしゃばん)」。明治の大発明とも言えるもので、印刷手段の一大革命を引き起こした。このガリ版を発明したのは滋賀県出身の父と子、2人の堀井新治郎である。2代にわたって、ガリ版の発明と普及に務めた。ガリ版伝承館は堀井家の洋館を改修したもので、平成10年に開館された。

ガリ版こと謄写版の1号機。洋館には他にも様々なタイプのガリ版やガリ版で作られた作品が展示されている

 ガリ版とは現在のコピー機が普及する前、一般的に使われていた一昔前の印刷機のこと。官庁をはじめ、大学、商社、新聞社など多くの場所で使われていた。小学校などでは先生が児童に配る教科書をガリ版で作っていたという。現在は使われていないため、初めて聞いたという人もいるだろう。
 印刷できる原理としては、ロウ原紙という特殊な原紙を「鉄筆」でキズつけ、その部分からインクが染み出し下の紙に写るというもの。使う道具には鉄筆・ヤスリ板・ロウ原紙・修正液などの印刷原稿を作るものと、版・インク・ローラーなど印刷のためのものがある。
 まず、ロウ原紙をヤスリ版の上にのせ、鉄筆で文字や絵を書いていく。これをガリ版では原稿を切るといい、「ガリ切り」などと呼ばれている。誤字などがあった場合は修正液を塗って乾いたら再び切っていく。次にスクリーン(絹布)が張られた木枠の下に原紙をセットし、スクリーンの表側にインクをローラーで広げる。するとローラーで押し出されたインクは鉄筆で削った部分に染み込み原稿に写る。刷り上がった紙を取り出し、新しい紙をセットしてまた刷れば同じものが何枚も作れる。熟練者が印刷原稿を作れば大量の印刷物を作ることができたという。

ロウ原紙や鉄筆など原稿を切るための1セット。

 謄写版が登場する以前、明治の半ばまでは日本における文章作成や記録方法は毛筆で行われていた。印刷物を作るものとしては「こんにゃく版」などがあったが大量に作ることには限界があった。また、欧米式のタイプライターはあったが、日本式の和文が打てるものはまだ無かった。このような時代に父の堀井新次郎元紀と子の堀井新次郎仁紀により謄写版が発明され、日本中に普及していったのである。
 きっかけとなったのは明治26年。父堀井新次郎がシカゴで開催された万博でトーマス・エジソンが発明した「ミメオグラフ(謄写版)」を実見したこと。そのままでは高価な上、実用的ではないと思い、自ら印刷機の開発を考えるようになった。開発には多くの費用がかかったが、翌年には謄写版第1号が完成。さらに次の年には専用のロウ原紙の特許を受けた。
 ガリ版は非常に簡易な印刷装置で小型のものは手で持ち運ぶことができる。また、電気などがなくても印刷可能なのが特徴で、鉄筆ではなくボールペンで作ることができる「ボールペン原紙」なども登場している。電気などがない地域のアフリカやアジアの小学校などで現在も多く使われている。

ガリ版を初めて体験する子どもたち。一生懸命に下絵を写している。

 日本国内では1950~1980年代には演劇や映画・テレビ番組の台本、楽譜、文芸同人誌などが作られていた。また現在でもアーティストの活動で用いられ、版画の多色印刷のようにガリ版の印刷原稿を複数用意して刷られた作品を見ることができる。
 鉄筆からでるガリガリという音から『ガリ版』という愛称で親しまれてきた謄写版。現在では姿を見ることが少なくなったが、ガリ版伝承館を訪れればこの長く利用され親しまれてきたものを実際に体験することができる。また、展示してあるガリ版器材や作品、またビデオ鑑賞などにより、『ガリ版』文化にふれることができる。

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