芸術再発見

[画家] 岡本 里栄  Okamoto Rie

 
                                        ~平成27年度滋賀県次世代文化賞受賞者に聞く~
 

                                          EXHIBITION Rie Okamotoより
 
 

目を凝らしても見えない、触れて確かめたくなるような感覚―――。
視覚だけにとどまるのではなく、見る者それぞれの経験や記憶の中にある“どうしようもない”心の揺さぶり、言葉に置き換えられない知覚とでもいうべき存在を、そこに描きたい。
 
 滋賀県の文化高揚に寄与し、国内外の高水準のコンクールや展覧会等で優秀な成績を修めた人物、または、その活動において将来を一層期待される若者(30歳以下)を対象に平成23年より顕彰されてきた次世代文化賞。8月30日から9月4日まで滋賀県立近代美術館で、「びわ湖☆アートフェスティバル」※1の一環として、歴代受賞者である藤井俊治さん(平成23年度受賞)、藤永覚耶さん(平成25年度受賞)、唐仁原希さん(平成26年度)、岡本里栄さん(平成27年度)の過去作品から最新作品までを一堂に会した『次世代文化賞受賞者展』が開催された。会期中には約700人の来場者があり、担当学芸員からは「明日を感じさせる力作揃いの展覧会だった」との声が上がるほど盛況を博して幕を閉じた。今回、展覧会の関連イベントとして9月3日(土)に行われたワークショップの講師を務めた岡本さんに、これからの滋賀県の文化向上と発展を担う若手作家の代表として、心の内を覗かせてもらう。
 
 絵画の道に足を踏み入れたのは、洋服好きが高じてファッションの世界を志したことに始まる。〝ものづくり〟に携わるには、美術の基礎的な知識が必要となるだろうと、高校で美術科に進学。しかし、デスマスクを作る授業で挫折を味わうこととなった。「こんなに似ていないベートーヴェンは要らない!って思うほど、造形力というのか、立体物をつくる才能が無かったんです。最近では、建築家が手掛けた洋服や靴が注目されていますが、それは頭の中で練った立体構想をそのまま立体化していらっしゃいますよね。私にはその能力も無ければ、制作時の楽しさや面白さも湧いてこなくって…。それが機となり、ファッションへの道は諦めました」と岡本さん。ただ、立体を平面に落とし込む作業も苦手だったそうで、自身が思っている以上に絵が描IMG_9890けなかったという。例えば、ひび割れがただの線でしかなかったり、穴のあいたモチーフなのに、描けど、描けど、全く穴があいているようには見えなかったりと。しかし、それが強烈な追求心を掻き立てたそうだ。「当時、私の原動力というのは〝悔しさ〟〝自分へのもどかしさ〟〝怒り〟といった部分にあったようで、どうやったら質感が生まれるだろうか、どうしたらモチーフをそのままに表現し伝えられるだろうかと、いろいろと試行錯誤を繰り返す日々の中、自ずと絵画という道が引かれていきました。モチーフを描ききれたときの快感と上手く表現しきれなかったときの心の沈みのバランスの比重が、私には良かったのかもしれません」と振り返る。高校卒業後は、成安造形大学造形学部造形美術科洋画クラスを卒業し、同大芸術学部芸術学科美術領域洋画コース研究生、さらに京都精華大学芸術研究科博士前期課程洋画領域を修了、現在は成安造形大学美術領域の助手として籍を置き、今も絵画と向き合う毎日を過ごしている。                                              共同アトリエpuntoにて     
 
 岡本さんが描く大半のモチーフは「人」。そこに、写実的な描写ではなく、ズレやブレといった〝曖昧〟〝おぼろげ〟〝不明確〟などの感覚を伴っているのが特徴だ。21歳の時、第63回滋賀県美術展覧会で最優秀作品に贈られる芸術文化祭賞を受賞したのも、鉛筆と木炭でしっかりと人物の顔を描いた後にメディウムを重ね、ズレやブレを加えた作品だった。「自画像の課題で鏡に映る自分の顔を見ているとき、一番身近にある物体であるにも関わらず、実物は一生目にすることができないモノであるということに気付かされました。そこで人の顔にすごく興味を抱くようになったんです。私の作品の根底には、現代社会において受ける〝見え過ぎていて逆に見えない〟という感情があります。今の世の中、誰もがカメラや電子機器を扱える時代で、イメージが溢れていますよね。昔であれば、絵や写真といえば紙にインクが落ちた状態でイメージとして見ていたのに、今ではディスプレイを通し、光りの粒として捉えることが多くなっています。でも、光りは太陽と同じで見つづけられないといいますか、直接発光しているものは見え難いと感じるんです。しかも、明る過ぎるとディテールから何まで全てにピントが合ってしまう…。人が意識的にモノを見ようとした時、実は、自身が気になるところしか見えていないと言われていますが、明る過ぎることで全部を見させられている感覚、どこか押しつけられているような印象を受けてしまいます。なので、あえて作品ではズレやブレ、ボケなどの技法を用いることでモザイクを掛けたような〝見たいところが見えなくて目を凝らしてしまう〟という作用を引き出し、さらに絵を見た人の想像で描かれる余白部分というのを生み出せたらと思っています」。
 
2015個展展示風景1
    2015 個展「岡本 里栄 展」(Oギャラリーeyes・大阪)
 
 もう一つ、岡本さんの作品を語る上で欠かせないのが「色」だ。県展受賞作品「One’s eyes」では鉛筆と木炭で描かれたモノクロームの作品だが、現在は〝岡本色〟とでも表現するしかない独特の色彩感が放たれている。「賞をいただいたときは、まだ色を使うことを怖がっていましたね。際限の無い色の世界に翻弄されるのが嫌で、自分のコントロールの下で作品を仕上げて『完成だ』と言い切りたかった時期でした。でも、ドローイングでは色を使うこともあって、その時は学友や教諭から自由に色が使えていると言われていたので、その自由さをどのように作品に取り入れていこうかと模索しはじめたのが最初です。モノクロームに先ずは1色足すところから挑戦して、ドローイングの枚数を重ね、更にドローイングから油彩に落とし込むというプロセスを辿って今があります。ただ、全く自覚は無いのですが、他人からみると〝ストレス色〟だそうですよ(笑)。大学1年生のとき、自分で塗って作った色紙を2㎝角に切って配色し、タイトルを付けるという授業があったのですが、先生に『あなたの色使いはストレス色と言うのか…』と言われ、何だそれは!と混乱しましたね。One’s eyes私の中に自然にある色彩でしたし、これをこうしたら他人とは違う色になるとかのような思惑もなく、単にどうしたら良い絵になるだろうかという思いからの色でしたから、言われた時は驚きました。でも、作品を発表する中で、色が好きと言ってくださる方や、色で直ぐわかるよ!岡本さんの色だね、という言葉などをいただくと、色に関して怖がることではないのだなと思えるようになりました」と話す。
 
 〝ストレス色〟のルーツは、幼少期に体感した心揺さぶられた経験にあった。実家のある彦根市は、昔は今よりもっと雪が降っていたそうで、雪が積もると、滑り台を作ったり体力の限界まで雪を集めたりして遊んでいたという。そして、掻き集めた雪の上に横たわり、自身の呼吸の音しか聞こえない静かな空間の中で空を見上げるのが好きだったそうだ。「灰色だけれどもどこまでも薄い紫のような空の合間から、白い結晶が降ってきて、そのすべてを視覚的に追うことができず雪に包まれる感覚というのか、小学生だったにもかかわらず『このまま雪と一緒に溶けて消
   第63回 滋賀県美術展覧会・芸術文化祭賞「One’s eyes」   えて死んでもいいな…』と思わせるような自然との一体感が記憶の中に残っています。また、夏の夕立で傘も差さずに外に出たことがあった時も、視界がほぼ遮られた世界も薄暗い灰色で、雨が肌を弾く感覚と相まってとても心地良かったのを鮮明に覚えています。その時の色の印象が強烈で、強い日の光の中で見るモノの見え方よりも、薄暗いというのか曇りの日の光が均一に分散しているフラットなモノの見え方の方が、私には魅力的に映るのかも知れません」と、色への記憶をひも解いている。 また、岡本さんは絵画作品を見ても同様の感覚に駆られたがあるそうで、「カラーフィールド・ペインティングの領域で活躍したモーリス・ルイスやマーク・ロスコ、あと現代美術家のジェームズ・タレルの作品を目の前にしたとき、雪を見ていた時の衝動と同じ、『感動』と言葉にしてしまえば削ぎ落とされてしまう様な心の動きを感じましたね。対峙して包まれるような世界、そのスペースを覆いつくすかのような空気感、視覚だけでなく思わず触れて確かめたくなるような触覚的な〝なにか〟が、そこには存在していたと思います。だから私の作品も、イイね、キレイだね、などの言葉だけでは表現しきれない〝なにか〟を描き、表現したいです」と語る。これからの作品の動向と活躍に、期待がかかる。
 
 
Profile
 

 
1988 滋賀県生まれ
2011 成安造形大学造形学部造形美術科洋画クラス 卒業
2012 成安造形大学芸術学部芸術学科美術領域洋画コース研究生 修了
2013 京都精華大学芸術研究科博士前期課程洋画領域 修了

 
[個展]
2010 選抜個展シリーズvol.7 岡本里栄 展 (成安造形大学 コンテンポラリーギャラリー)
2012 目を凝らす:よく見えない 岡本里栄 個展 (Gallery PARC・京都)
2015 個展「岡本 里栄 展」(Oギャラリーeyes・大阪)
 
[グループ展]
2009
シェル美術賞展2009(代官山ヒルサイドフォーラム・東京)
第63回 滋賀県美術展覧会(滋賀県立近代美術館・滋賀)

2010 
成安造形大学進級制作展(滋賀県立近代美術館ギャラリー・滋賀)
京展(京都市美術館・京都)
トーキョーワンダーウォール2010公募(東京都現代美術館・東京)
Art and Critique 2010 ‒Extension(成安造形大学ギャラリーアートサイト・滋賀)
第23回 美浜美術賞展(福井市立美術館・福井 ほか)

2011
成安造形大学卒業制作展2011(京都市美術館 本館・京都)
See Here! (Gallery PARC・京都)
福袋(HI-NEST BLDG. 2nd Floor room24・京都)
京展(京都市美術館・京都)
Art Auction STORY…vol.2(関西日仏学館・京都)
Art Auction STORY…vol.3(同志社大学 寒梅館・京都)

2012
EXHIBITION SHOUKA(galerie16・京都)
FAD Fair(アートコンプレックス・センター・東京)
同志社美術館(同志社大学 今出川校 他・京都)
PHANTASMA(Antenna Media・京都)
ARTCOM2012(けいはんな記念公園・京都

2013
京都府美術工芸新鋭展 2013京都美術ビエンナーレ(京都府京都文化博物館・京都)
M1展 京都精華大学大学院博士前期課程一年生展(ギャラリーフロール・京都)
京展(京都市美術館・京都)
Interface(成安造形大学 ギャラリーウィンドウ・滋賀)

2014
私達の呼吸は浅い ‒Never forget our breath-(gallerie16・京都)
京都精華大学大学院 修了制作展(京都市美術館 別館・京都)
若き表現者のためのコレクション展vol.2(ギャラリー菊・大阪)
オープンスタジオ(共同アトリエ punto・京都)
Semantic portrait(Oギャラリーeyes・大阪)

2015
Sign of Happiness(Antenna Media・京都)
Studio Exhivisit 2015 “punto open studio” (共同アトリエ punto・京都)
第21回 新進芸術家美術展(草津クレアホール・滋賀 ほか)
what I’ve chosen|what I chose vol.4(【キャンパスが美術館】・滋賀
新進芸術家育成交流作品展
「FINE ART / UNIVERSITY SELECTION 2015-2016」 (茨城県つくば美術館・茨城)

2016
みんなみにいく み・な・み・く エキシビション ( 仮称・東九条長屋(ヒスロム作業場・改装中)・京都)
punto open studio(共同スタジオpunto・京都)
次世代文化賞受賞者展(滋賀県立近代美術館ギャラリー・滋賀)

 
[賞歴]
2009 第63回 滋賀県美術展覧会(芸術文化祭賞)
2010 第23回 美浜美術賞展(準大賞)
2011 成安造形大学卒業制作展2011(優秀賞)
2013 京展 洋画部門(京展賞)
2015 平和堂財団(芸術奨励賞)
2015  滋賀県(次世代文化賞)

 
作家情報

▶第22回 新進芸術家美術展
【ビバシティホール】
会期:2016年10月22日(土)― 10月30日(日)
時間:10:00~20:00(最終日は17:00まで)
【草津市立草津クレアホール】
会期:2016年11月1日(火)― 11月6日(日)
時間:9:00~17:00
入場料:無料
 
▶第11回京都アートめっせ
アートワークショップ
日時:10月15日(土)・16日(日)
10:00~12:15  13:15~15:30
※詳しくは下記サイトよりご確認ください
 http://www.kyoto-gazaimatsuri.com/
 
 
※1
滋賀県の文化を担う若手芸術家の育成を目的に、びわ湖ホール会場、近代美術館会場、学校会場などの会場で、多彩なイベントを開催するアートの祭典。今年は関連事業として、ロシアから国際的な音楽家を招いての国際交流フェスティバルが実施されるなど、滋賀らしい文化の発信と世界の文化交流が繰り広げられた。
 
[H28.9.30現在]

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