歴史再発見

白雲館・近江八幡市為心町元

白雲館・近江八幡市為心町元

基本情報
名称 白雲館
URL http://www.omi8.com/annai/hakuunkan.htm
文化財指定等 国登録有形文化財
所在地 近江八幡市為心町元9
電話番号 0748-32-6181(白雲館観光案内所)
営業時間 9時~17時
定休日等 年末年始
料金 無料
※平成23年2月現在

~現存する貴重な擬洋風学校建築~

擬洋風建築で学校を建てたのは、地域の人々が子供たちに当時の最先端の教育を受けさせたいという思いの現われだともいえる。

 近江八幡の発展は、天正13年(1585年)に豊臣秀次が八幡山に城を築いたことに始まる。楽市楽座の施行、八幡堀の活用、各地から有力な商人や職人を呼び寄せるなど、秀次の政策は街の発展を後押しし、近江商人の活動の礎になった。
築城からわずか10年の文禄4年(1595年)に八幡山城は廃城となったが、秀次の築いた城下町を基礎として、城がなくなったあとも商業都市として栄えることになる。今なお、碁盤目状の整然とした町並みは旧市街地に残され、新町通り・永原町通り・八幡堀周辺・日牟禮八幡宮境内地は「近江八幡市八幡伝統的建造物群保存地区」として国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。
 近江八幡はかつて建築家のウィリアム・メレル・ヴォーリズが住み、多くの近代建築が残されている地で、日牟禮八幡宮前に建つ「白雲館」も、近代建築物のひとつである。現在、白雲館には観光案内所が設けられ、観光情報の提供、お土産・特産品の展示販売が行われ、2階フリースペースは市民ギャラリーとして利用されている。

西洋建築の鐘楼を真似て作られたが、洋風の鐘がないため代わりに太鼓を配したという「太鼓楼」。

 白雲館は、明治9年(1876年)に八幡商人と区民の人々の熱意と協力によって、当時の金額で6000円の費用をかけて学校として建設された。このころは米1俵が1円34銭で購入できたことを考えると、かなりの高額だと想像できる。その大半は地域の人々の寄付によってまかなわれた。
 明治10年(1877年)に「八幡東学校」として開校。以降、明治26年(1893年)に本校舎移転を理由に廃校となるまで学校として使用された。その後は八幡町や蒲生郡の役場として使われたが、昭和41年(1966年)に民間に移り、昭和40年代後半からおよそ20年ほど空き家となる。平成4年(1992年)に近江八幡市に移管。平成6年3月に修復が完成し、平成10年から近江八幡観光物産協会が管理している。

「徳門」と書かれた扁額は、今は2階にかけられている。この額が学校で勉強していた子供たちを見守っていたのだろう。

 現在の白雲館は明治期の姿を復元したもので、1階玄関に丸柱、2階正面には破風屋根とバルコニーが設けられた擬洋風建築である。擬洋風建築とは、明治時代の初めごろ、西洋建築の形態を日本の建築技術によって造った建築物を指す。外国人の設計による純洋風の建築物が建てられるなか、「西洋に追い付け追い越せ」という勢いで日本の大工や技術者が在来の技術や工法を使って、見よう見まねで建てた建築物だ。平成10年に国の登録有形文化財となっている。
 白雲館の命名について資料が残っていないが、鎌倉時代の臨済宗の僧・白雲慧暁(はくうんえぎょう)に由来するという説がある。白雲慧暁は、はじめ比叡山で学び、のちに京都の泉涌寺で戒律を学んだ。文永3年(1266年)に宗に渡り、帰国後は東福寺四世を継いだ名僧である。この人物の遺徳をしのび、学問を普及し徳を広めようという考えから、白雲館と名付けられたというものだ。
 白雲館の2階にある「徳門」と大きく書かれた横長の額は、現存する唯一の資料だ。どのような意味を込められて書かれたかはわからないが、「丙子冬日(明治9年)八幡東学校の経始(起工式)にゆきてこれを書す」と書かれており、おそらく徳門とは「徳を納める門」、つまり学校を意味していると思われる。

玄関上部の唐破風と太鼓楼の取り合わせは、まさに和洋折衷といった佇まい。

 近江八幡物産観光協会の田中宏樹事務局長は「当時と変わらぬ姿をしている白雲館に立ち寄っていただいて、近江八幡の歴史や当時の人々の思いを知っていただけると嬉しいですね。例えば、この建物の建築の大半は有志の寄付でまかなわれたのですが、だれがいくら寄付したのかという記録が残されていません。これは近江商人に根付く『陰徳善事』という考え方で、よい行いは人に知られないようにやりなさいという意味です。この建物にまつわる事柄なども合わせて知っていただくと、より深い意味があると思います」と語る。
 開校した明治10年の児童数は男児115人、女児117人の計232人だったと記録されている。「子供たちの声で賑やかだったこの建物は、街の拠点、近江八幡観光の基地として再び活気にあふれた姿が、やはりふさわしいですね。この場をきっかけに生まれた人々の出会いが、新たな文化が作り出すのかもしれません」と、地域づくりを含めた白雲館の目指す未来を田中事務局長は言葉にした。
(取材日:平成23年1月12日)

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