歴史再発見

慶雲館庭園・長浜市

慶雲館庭園・長浜市

基本情報
名称 慶雲館庭園
URL http://www.nagahamashi.org/bunka/meiji/keiunkan/
文化財指定等 国名勝庭園
所在地 滋賀県長浜市港町2-5
電話番号 長浜市観光振興課
開館時間 9:30~17:00
定休日等 4月から11月末まで開館。1月下旬から3月末までは長浜盆梅展が開催。
料金 大人200円、小人100円
※平成23年9月現在

~巨石が配された華やかな庭園~

本庭から本館を眺める。木々の緑と巨石が見事に調和している。

 毎年1月~3月にかけて長浜盆梅展の会場となり多くの見物客で賑わう滋賀県長浜市の迎賓館「慶雲館」。明治20年(1887)、明治天皇行在所として実業家の浅見又蔵によって建設された。国の名勝に指定されている本庭は池泉回遊式の庭園で、7代目小川治兵衛の代表作である。近代日本庭園の傑作の一つとして名高いこの庭園は、寺院の庭園とは異なる華やかさがある。長年一般公開されてこなかったが、観光施設として整備され、平成16年(2006)7月より公開されている。

表門をくぐってすぐ目にとまる巨大な灯籠。高さは約5メートルある。

 多くの人を迎えてきた長浜市の慶雲館だが、その建築は慌ただしいものであった。明治19年(1886)、明治天皇が京都行幸の帰路に、船を利用して長浜に上陸されるとの報が入る。これを知った長浜の実業家で当時、太湖汽船頭取を務めていた浅見又蔵は自社航路から鉄道へと乗換える時間に滞留する適当な施設が無かったことに気づく。このため急遽自らが所有する大通寺別殿跡地に行在所を私費で建設した。建設を開始したのは明治天皇の誕生日である11月3日。3ヶ月余りの突貫工事であったという。竣工したのはなんと行幸当日の2月21日の朝で、京都を発たれる朝の時点では建設工事の片付けもできていなかったという。

2階から眺める庭園。玉座が設けられた部屋があり、明治天皇もここからの景色を眺められていたのだろうか。

 行在所の役目を果たした後は、浅見氏の別邸としてだけでなく、長浜の迎賓館として使われてきた。しかし、昭和10年(1935)の国史跡指定に伴い、翌年長浜市に寄付されることとなる。以後は、市の施設として、盆梅展の会場や会議場所等として使われてきた。
 慶雲館の敷地はおよそ6000平方メートル。建物は尾州産の総檜造り寄棟造2階建で約500平方メートル。建設費は当時破格の1万円で行われた。玉座が設けられた2階からは、琵琶湖と伊吹山が一望でき、当時の新聞では「美麗壮観同地に冠たるものなり」と紹介されている。「慶雲館」の名は、当時の総理大臣・伊藤博文が命名している。

1月下旬から3月下旬にかけて開催される長浜盆梅展。長浜の冬の風物詩ともなっている。

 本館を取り囲むように作られた回遊式庭園は慶雲館建設25周年を記念して2代目又蔵により、明治45年(1912)に造営された。庭園は表門から中門に至る前庭、中門から本館玄関前に広がる格調高い玄関前庭、そして本館の南に広がる本庭(奥庭)で構成されている。作庭は京都の7代目小川治兵衛(屋号植治)。近代日本庭園の先覚者と呼ばれ、平安神宮神苑をはじめ多くの造園を手掛けた人物である。
 芝生をふんだんに使い、緩やかな筑山が配されている。一方で、様々な種類の灯籠や石組みには巨石が使われており、それだけをみると圧倒される。しかし、庭全体から感じられる印象としては、豪華な中にも穏やかさがある。庭師の方によると「巨石などを用いているが、芝生や木々の緑がバランスを取り、雰囲気を和らげている」という。本館南側の庭に出て見学することもでき、建物の2階から眺めるとまた違った景色が見える。

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