歴史再発見

兵主大社庭園・野洲市五条

兵主大社庭園・野洲市五条

基本情報
名称 兵主大社庭園
URL
文化財指定等 国指定名勝。平成20年度近江水の宝選定
所在地 野洲市五条566(兵主大社境内)
電話番号 077-589-2072(兵主大社)
庭園拝観期間 4月15日~7月15日及び9月15日~12月15日
拝観時間 9時~17時
料金 大人500円、高大生300円、団体(5名以上)300円
※平成22年10月現在

 ~国内屈指の名庭、平安の幽玄をそのままに~

兵主大社庭園の風景1

 のどかな田園地帯が広がる野洲市五条の静かな集落に、ひときわ際立つ木立ちがある。兵主大社の鎮守の森だ。兵主大社は全国に50社ほどある「兵主」と名のつく神社のなかでも、「名神大社」(みょうじんたいしゃ)という社格をもつ格式高い神社。その創建は養老2年(718年)、奈良時代初めにまでさかのぼる。「兵主」を「つわものぬし」と読むこともできるため、鎌倉、室町期には武将たちの尊崇を集めた。歴史の主人公となった、源頼朝や足利尊氏による社殿の造営や武具類の寄進もあったほどだ。
 この由緒ある兵主大社には、神仏習合の影響を受けた木造宝塔ほか、鎌倉、室町時代から伝わる数多くの文化財が所蔵されている。さらに、最近になってその歴史的重要性が広く知れ渡るようになったのが、境内にある約22000㎡もの広さをもつ庭園だ。

兵主大社

 季節ごとにさまざまな表情をみせる兵主大社の庭園。春のつつじ、初夏の新緑、梅雨には菖蒲が庭を彩る。秋のもみじにライトアップ、うっすらと雪化粧をした冬の装いも美しい。庭園は、池泉廻遊式(ちせんかいゆうしき)と呼ばれる様式で、池は心字形、祠のある中島と石橋、出島、築山など、変化に富んだ造形美が見るものの心を捉える。
 兵主大社では平成2年の台風19号で、松の木をはじめ、およそ200本もの木々が倒れてしまうという甚大な被害を受けた。その後、国や県、町(旧中主町)の支援を受けた修復整備事業が行われ、庭池の水を抜いて発掘調査も行われた。その際、現在の地表より約1m下から、池の周囲に小さな砂利を敷きつめた、「州浜」と呼ばれる平安時代に特徴的な遺構が発見された。この庭の作庭時期については、昭和28年に国の名勝指定を受けた際には、鎌倉時代中期から末期のものと考えられていた。その昔は「頼朝の庭」とまで呼ばれていたそうだが、この発見により、平安時代後期から末期にかけて作庭されたものとわかったという。

兵主大社庭園の風景2

 発掘調査では、もともとは兵主大社本殿を取り囲むように遣水があったことも判明した。現在、その一部が復元され、汲み上げられた水を庭園内の池に誘導する役目を得ている。池や遣水には平安時代に特有の柔らかな曲線美が見られ、のちに日本庭園の主流となる、禅宗の影響を受けた寺院庭園の美とは違った印象を受けることだろう。
 平安時代の様式をもつ庭園が現存している例は、全国的にも数少ないといわれる。そのうえ、水の流れを利用した祭祀を行うための土器なども発掘されたため、この庭園は従来の平安期の庭園として知られる浄土庭園や寝殿造り庭園とは様式が異なるとも考えられている。

兵主大社庭園の風景3

 庭園内にはいくつもの石が配置されているが、これらの石の並びは、本来、池の中に浮かべた舟から眺めると一番美しく見えるように置かれているそうだ。手の行き届いた庭を埋め尽くす、スギゴケやハイゴケの緑がみずみずしい。平安時代、ここで貴族たちが舟を浮かべ、庭木や庭石を愛でながら和歌を詠んでいたのかと想像すると、また感慨深い。
(取材日:平成22年4月)

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