歴史再発見

老蘇の森・近江八幡市安土町

老蘇の森・近江八幡市安土町

基本情報
名称 老蘇の森(奥石神社)
URL
文化財指定等 国指定史跡、奥石神社本殿は国指定重要文化財
所在地 近江八幡市安土町東老蘇1615
電話番号 0748-46-2481(奥石神社)
営業時間
定休日等 常時開放
料金 無料
※平成22年9月現在

太古の森「老蘇の森」と奥石神社

 万葉の昔から多くの歌に詠まれてきた「老蘇の森」は、杉、檜、松などが鬱蒼と茂る太古からの森だ。伝説によるとその昔、この地域は地が裂け、水が湧いて人の住めるところではなかった。石部大連(いしべのおおむらじ)という人が木々の苗を植えて神々に祈願したところ、すぐに大きな森となって、石部大連が百数十歳になるほど長生きしたため、いつしか「老蘇森」(老いが蘇る)と呼ばれるようになったと伝えられている。一説には、元は老蘇、武佐、平田、市辺の4つの村にまたがる大森林で、現在の何倍もの広さがあったといわれている。

 旧中山道沿いにある大きな石鳥居をくぐり、杉の大木に覆われた参道を進むと「奥石神社」がある。「奥石」と書いて「おいそ」と読み、藤原氏の祖である天津児室根命(あまつこやねのみこと)を祭神として祀っている。この神社は「延喜式内社」という神社のなかでも格式の高い神社とされ、平安時代には朝廷から重要視されていた。
 伝説では、東夷征伐に向かった日本武尊を危機から救うために、弟橘姫命(おとたちばなひめのみこと)が身代わりとなって上総の海で暴れる海神を鎮めるために海に身を投げた。そのとき弟橘姫命は懐妊していたが、「我胎内に子在すも 尊に代わりてその難を救い奉らん。霊魂は飛去りて江州老蘇の森に留まり、永く女人平産を守るべし」と言い残したという。この話から奥石神社の神様は安産の神とされ、人々に厚く信仰されている。奥石神社は、中世以降「鎌宮」と呼ばれ続けていたが、延喜式神名帳に「奥石神社」という表記があることに従い、大正13年に本来の名前に戻された。

 神社の中心にどっしりと構える本殿は、天正9年(1581年)、織田信長が家臣柴田家久に命じて造らせたもので、国の重要文化財に指定されている。唐草紋様ほか美しい装飾が施された三間社流造の檜皮葺で、安土桃山時代らしい優美な建築だ。その完璧なまでの宮大工の仕事ぶりには、誰もが驚くに違いない。

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