歴史再発見

旧彦根藩松原下屋敷庭園・彦根市松原町

旧彦根藩松原下屋敷庭園・彦根市松原町

基本情報
名称 旧彦根藩松原下屋敷(お浜御殿)庭園
URL http://www.city.hikone.shiga.jp/hikonejo/index.html
文化財指定等 国指定名勝。平成22年度近江水の宝選定
所在地 彦根市松原町515
電話番号 0749-26-5833(彦根市教育委員会)
特別公開期間 平成22年は4月24日(土)~5月16日(日)と11月20日(土)~12月5日(日)に実施。
期間中は毎日公開
公開時間 春の公開期間中は9時~17時(入園~16時30分)
秋の公開期間中は9時~16時(入園は~15時30分)
料金 無料
※平成22年10月現在

~日本唯一の淡水汐入式庭園~

お浜御殿の表玄関。これは明治22年(1889年)の建築。

お浜御殿の表玄関。これは明治22年(1889年)の建築。

 国宝彦根城天守とともに城下町としての風情を色濃く残す町、彦根。町の中心から見て城の裏手にある松原町の一角には、江戸時代後期に建てられた旧彦根藩の下屋敷、通称「お浜御殿」がひっそりとたたずんでいる。その敷地内にある広大な庭園は、国内唯一の淡水を利用した汐入(しおいり)形式の庭園で、平成14年には国の名勝にも指定され、春と秋の年2回のみ特別公開されている。

広々としたお浜御殿庭園。

広々としたお浜御殿庭園。

 白砂青松が美しい彦根市松原町の松原水泳場のそばにある「お浜御殿」は、彦根藩11代当主の井伊直中(なおなか)が文化7年(1810年)ごろに下屋敷として築いた御殿。明治4年(1871年)の廃藩置県後には、井伊家当主の邸宅として用いられた。その後もつい最近まで井伊家の子孫がこの邸宅を所有していたために、彦根藩のもうひとつの下屋敷であった槻(けやき)御殿(玄宮楽々園)のようにその全容が世に公開されることはなかった。
 戦後になって、書院などいくつかの建物は解体されたが、庭園を含め、全体としては往時を偲ばせる程度に姿をとどめている。だが、もちろんこれだけの規模の屋敷と庭園を個人で維持管理するのは難しく、庭の木々は年を経るごとに本来の植生とは違ったものになっていった。特別公開時にいただいた資料に載っていた古絵図や古写真を見ると、美しい枝ぶりの松が庭全体にバランスよく植えられていたようだ。現在は、樹高が高い広葉樹が庭全体を覆うように茂っている。

背の高い広葉樹が覆うが、かつては美しい松が植えられていた。

背の高い広葉樹が覆うが、かつては美しい松が植えられていた。

「お浜御殿」庭園の最大の特徴は、琵琶湖の水位の変化に応じて庭園内の池の水も満ち引きする「汐入式」の庭園であること。このような形の庭園では東京都中央区にある「浜離宮恩寵庭園」が全国的によく知られている。この場合は東京湾につながる庭園の池の水位が潮の干満差によって移り変わっていく景色を楽しむのだが、「お浜御殿」庭園の場合は日本で唯一の淡水の「汐入式」庭園とされる。もし、庭園がしっかりと復元されるなら、全国的にみても貴重な文化遺産として注目されるはず。

未整備の庭園内に無造作に転がる古い燈籠。

未整備の庭園内に無造作に転がる古い燈籠。

 約2万平方メートルの敷地の半分を占める庭園内には、築山(つきやま)や石燈籠、石組がちりばめられ、池の西側部分は州浜(すはま)が広がるのびやかな景観を呈している。そして、庭全体を愛でるのには最適と思われる場所に、縁側の付いた奥座敷が配されている。現在は存在しないが、13代当主の井伊直弼(なおすけ)の時代には、「がけ之御茶屋」、「南台之御茶屋」、「通天之御茶屋」、「菊之御茶屋」の4棟の茶室も設けられていたという。
 特別公開時も庭園の現状は荒れたままの状態だったが、今後、市の全面的バックアップによって「お浜御殿庭園」こと「松原下屋敷庭園」は生まれ変わり、本来庭がもつ自然と人との調和の美を人々の目に焼き付けることになるだろう。
(取材日:平成22年4月29日)

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