伝統再発見

八幡まつり・近江八幡市宮内町

八幡まつり・近江八幡市宮内町

基本情報
名称 八幡まつり
URL http://www5d.biglobe.ne.jp/~him8man/(日牟禮八幡宮HP)
文化財指定等 松明祭(宵宮祭)は国選択無形民俗文化財
開催地 近江八幡市宮内町257(日牟禮八幡宮)
電話番号 0748-36-5517 (近江八幡市役所産業経済部商工観光労政課)
開催日 毎年4月14日(松明祭)、15日(太鼓祭)
開催時間
料金 無料
※平成22年11月現在

~その歴史は千数百年。一度は見たい八幡の火祭り~

八幡まつりの風景1

 近江八幡の日牟禮八幡宮で行われる「八幡まつり」は、高さ10mを超える巨大松明で知られる火祭り。毎年、曜日に関係なく、4月14日、15日の二日間にわたって繰り広げられる1000年以上の歴史をもつ祭りだ。3月に行われる「左義長まつり」、5月の連休中に行われる「篠田の花火」と並んで、近江八幡を代表する祭りのひとつと言える。「八幡まつり」の見ものはなんといっても、巨大な松明が炎に包まれる14日の宵宮祭。参加する町ごとに作られた松明から炎が上がり、無数の火の粉が夜空に舞い上がっていく。燃え盛る炎を前に、人々は町内結合して五穀豊穣と無病息災を祈る。
「八幡まつり」と同じく日牟禮八幡宮で行われる「左義長まつり」は、織田信長の死後、八幡開町とともに移り住んだ元安土城下の民が中心となって始めたものと言われ、400有余年の歴史がある。一方、「八幡まつり」の起源はさらにそれから何百年も前のこと。言い伝えでは、はるか古代にまでさかのぼる。

八幡まつりの風景2

 その昔、応神天皇が近江へ行幸したときの話。応神天皇が琵琶湖から現在の近江八幡の南津田へ舟で上陸した際、地元の民が葭で松明を作り、火を灯して道案内をしたそうだ。應神天皇6年、西暦に直すと275年となるから、1700年以上も前のことになる。祭りはこの故事にならって始められたというが、祭り自体がいつからどのように始まったかは定かではない。伝えられている話ではおよそ千数百年前には行われていたという。
「八幡まつり」は、豊臣秀次による八幡開町の前からあった、13の村々が集まって行っていた祭りだ。現在でも、八幡開町の際に消滅した馬場という村を除き、上の郷8町、下の郷4町の12の町が合同して執り行う。市井、北之庄、鷹飼、大林、中村、宇津呂、土田、多賀、船木、小船木、大房、南津田の各町は、それぞれに伝わる形の松明を作り、宵宮祭の当日、八幡宮楼門前の馬場に用意する。松明は丸太を心棒として葭や菜種がらを編み込んで作り上げたもので、なかには高さ10mを悠に超えるものもある。聞くところによると、ひとつの松明を作るのに数十人がかりで半日以上はかかるのだという。かつては祭りの舞台となる馬場に、各町で作った松明を夕刻の行事の前に担ぎ込み、町中は担ぎ運ぶ様子で賑わったと伝えるが、今は祭りの前の日曜日に馬場で作り、クレーンを使って立ち上げる。逆にクレーンを使わず人力で立てていた昔を想像すると、どのようにして立てていたのかと不思議に思えるほどの高さである。

八幡まつりの風景3。

 馬場の決められたところに大松明と呼ばれる笹の松明が、旧来どおり当日の午前中に2本立つ。一定の間隔で各町の松明が立つ。十本足らずで高さの大小はあるが、巨大な松明のほかに、夜の行事の始まる時間に合わせて運び入れ、八幡堀のそばで松明に奉火して寝かせ、掛け声とともに馬場を駆け抜けて拝殿前へ社参する「引きずり松明」や、手に持った松明を剣先に合わせて振る「手振り松明」など、町ごとに独特のスタイルがあっておもしろい。
 松明祭とも呼ばれる4月14日の宵宮祭は、午後7時ごろから始まった。各町の名前が入った高張提灯のもと、陣羽織を羽織った神役(しんやく)や法被姿の若衆たちが、それぞれの「座」と呼ばれる持ち場に集う。午後8時ごろ、松明への奉火前に「ナイアガラ」などの仕掛け花火が点火され、赤、緑、白の幻想的な光が闇に放たれると、いよいよ松明祭の本番だ。仕掛け花火が終わり、まもなく最初の松明、上之郷の「引きずり松明」に奉火。その後、次々と松明に火が点けられ、火の粉が夜空に吸い込まれていく。松明の炎が寒さを吹き飛ばし、あたりに漂う煙の匂いが祭り気分を盛り上げる。そして、一番巨大な松明が大きな炎に包まれたとき、そのあまりの迫力に、誰もがただ目を丸くして見守るだけだった。

八幡まつりの風景4

 15日の本祭は、別名、「太鼓祭」とも呼ばれ、各町から大太鼓が宮入りをする。なかには直径2mを超えるものもあり、渡御の際には太鼓と鉦の音が町中に響き渡る。その音の迫力は体の芯にまで「ドシン、ドシン」と伝わってくるほどだ。
 長い歴史をもった「八幡まつり」の魅力は、「火祭り」らしい力強さとその伝統の重みにこだわるひたむきさかもしれない。それは、これだけの大祭にもかかわらず、曜日に関係なく毎年決まった日程で祭りを挙行する、かたくななまでのその心意気にも表れている。
(取材日:平成22年4月)

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