伝統再発見

最上まつり・東近江市大森町

最上まつり・東近江市大森町

基本情報
名称 最上まつり
URL
文化財指定等 県選択無形民俗文化財
開催地 大森神社周辺(東近江市大森町・尻無町)
電話番号 0748-22-3512(最上踊り保存会会長 岩崎宗司)
開催日 毎年4月第1土曜・日曜
開催時間
料金 無料
※平成22年11月現在

~稀有な歴史を誇る祭り~

最上まつりの風景1

稀有な歴史を誇る祭り

「最上まつり」が行われる東近江市大森地区は、市の中心部に位置する。周辺にはのどかな田園風景が広がり、静けさのなかに時折聞こえてくる小鳥のさえずりに心安らぐ。「最上まつり」は、今も昔もそれほど変わらぬ美しい環境のなかで、300年以上もの間伝えられてきた祭りだ。祭りのなかで披露される「最上踊り」がこの祭りの最大の見せ場。江戸時代にこの地の領主だった最上公を偲んで、毎年4月の第1土曜、日曜に繰り広げられる。

最上まつりの風景2

「最上まつり」は、大森地区にある大森神社を中心に執り行われる。この祭りのなかで一番の見どころとなる「最上踊り」は、天禄8年(1695年)、領主だった最上義智(もがみよしとも)公の叙位を祝い、当時、大森藩だったこの地の繁栄を願って始められたという。実はこの「最上家」とは、江戸時代初め、東北地方の大藩だった出羽山形藩57万石を治めていた最上家である。最上家は、元和8年(1622年)、最上家当主第13代最上義俊のときにお家騒動によって改易され、近江の地に1万石で入封。以後、最上家はこの大森の地に陣屋を構えることとなった。

最上まつりの風景3

 寛永9年(1632年)にその長男、最上義智が家督を相続したが、わずか2歳であったためにさらに5000石に減封されてしまう。幼少のときから大変な身の上となった最上義智公だが、その後は名君としての力量を発揮し、領民らはお殿様を敬慕してやまなかった。これが「最上踊り」が領民たちによって始められるようになった背景だとされる。以来、現在にいたるまで300年以上に渡り、「最上踊り」は踊り続けられてきた。
「最上まつり」は、毎年4月の第1土曜と日曜に行われれる。初日は昼に一度、大森神社境内で踊りが披露され、夜には境内に火がくべられて祭りらしい雰囲気に包まれた。おもしろいことに、踊りは早朝にもう一度、酔いがすっかり回ったころに境内で行われる。

最上まつりの風景4

 2日目、昼すぎに御供物を神前に献じ、神事を執り行った後、大森神社から神輿が発ち、集落内を練り歩きながら集落の中心にある公民館へ。ここで、最後の踊りが披露された。紺の法被を着た踊り手たちは、太鼓を中心に輪になり、日の丸の扇を持って踊る。ゆったりとしたテンポのその踊りは、素朴ながら優雅で、見ているうちにいつの間にか引き込まれてゆく。公民館前には人だかりができ、誰もが息をのんで見守っている。さすが300年もの時を超えて伝わってきただけの重みがある踊りだ。
 この祭りの取材中、話をした地元の人々は、口々に最上公がいかに名君であったかを説明してくれた。誰もがいまもなお、江戸時代にここに居を構えていたお殿様のことを慕い続けているのだ。
(取材日:平成22年4月)

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