伝統再発見

山王祭・大津市坂本

山王祭・大津市坂本

基本情報
名称 山王祭
URL http://www6.ocn.ne.jp/~hiyoshi3/(日吉大社サイト)
文化財指定等 大津市指定無形民俗文化財
開催地 日吉大社、生源寺、琵琶湖上
電話番号 077-578-0009(日吉大社)
開催日 毎年3月1日~4月15日
開催時間
料金
※平成22年11月現在

~「湖国三大まつり」のひとつで、勇壮にして華やか日吉大社の例祭~

山王祭の風景1

 比叡の山麓に位置し、「石積みのある門前町」として知られる大津・坂本の町。歴史情緒あふれるこの町は、国内に約3800社ある日吉、日枝、山王神社の総本宮、「山王権現」とも呼ばれる日吉大社を中心に広がっている。坂本では、「湖国三大まつり」、また「大津三大まつり」のひとつにも数えられる日吉大社の例祭「山王祭」が、毎年3~4月の1か月半にも渡って繰り広げられる。五穀豊穣を祈るこの大祭の起源は、約1300年前にまでさかのぼるという。
「山王祭」は、日吉大社東本宮の祭神、大山咋神(おおやまくいのかみ)と摂社である樹下神社の祭神、鴨玉依姫神(かもたまよりひめのかみ)が結婚し、鴨別雷神(かもわけいかずちのかみ)が誕生、そして成長したということを祝うための祭祀だといわれている。祭りの行事もそのストーリーに沿った形で行われる。

山王祭の風景2

 山王祭の初めの神事「神輿上神事」は、毎年3月の第1日曜日に開催される。「神輿上神事」は、日吉大社の神体山である八王子山(牛尾山)山頂にある奥宮まで、大山咋神と鴨玉依姫神の両神を載せた神輿2基を運び上げる神事。これは、祭りの本番、4月12日の「牛の神事」が始まるまでの間、両神が魂を浄化し、お見合いをしていることを意味するとされる。神職は3月1日から4月12日まで毎日山を登り、松明を献じる。4月12日の夕方から行われた「午の神事」は、松明の灯りとともに神輿を八王子山頂から麓の東本宮拝殿まで下ろす神事。東本宮拝殿では2基の神輿の後部と後部を繋ぐため、「尻繋ぎの神事」とも呼ばれ、両神の結婚を表しているのだという。このとき、神輿が急な山道を下ってくる様はすこぶる勇壮で、山王祭の見せ場のひとつにもなっている。
 4月13日の午前11時からは、日本最古の茶園とされる「日吉茶園」からとれたお茶を宵宮場(よみやば)の大政所に収められた4基の神輿に供える「献茶式」が行われた。古くからお茶は安産に良いといわれてきたことから「御子神」(みこがみ)の安産を願う意味を込めてこの神事は行われるという。午後1時からは烏帽子と鎧を身にまとった稚児や甲冑を身につけた武者らによる「花渡り式」が行われた。「花渡り式」は夕方から行われる「宵宮落し」で「御子神」が誕生することを祝う献花の儀式。桜の花が舞い散るなか、稚児を先頭とした行列は日吉大社参道をゆっくりと進み、宵宮場にたどり着くと神輿に向かって拝礼。その後、さらに参道を上がったところにある西本宮での参拝を終えて「花渡り式」は無事終了した。

山王祭の風景3

 夕方からは「宵宮落し」と呼ばれる「山王祭」の最大の見せ場といえる神事が行われた。午後6時ごろから駕輿丁(神輿の担ぎ手)が坂本の町を練り歩いた後、延暦寺の生みの親、最澄(伝教大師)が生誕した場所といわれる生源寺(しょうげんじ)に集合。「読み上げ」と呼ばれる駕輿丁の点呼が行われ、すべての駕輿丁の名前が高らかに読み上げられた後、駕輿丁らは燃え盛る松明とともに勢いよく日吉大社参道へと繰り出した。夜店がずらりと並び、大勢の見物客が見守るなか、参道を威勢よく上っていく。参道から宵宮場へとつながる小道の分かれ目で小休止した後、4基の神輿が待機する宵宮場に一気になだれ込み、宵宮場の大政所に上がった。ここで駕輿丁は、神輿を激しく振る「神輿振り」を何度も何度も繰り返し、「ゴトン、ゴトン」と神輿の担ぎ棒が板敷きの床にあたる大きな音が周囲に鳴り響くと、場内は興奮の渦に包まれた。この「神輿振り」は出産時の陣痛の痛みを表現したものといわれ、「宵宮落し」の象徴的なシーンとして有名だ。

山王祭の風景4

 午後9時ごろ、宵宮場で山王祭実行委員長による祭文の読み上げが終わると、一斉に4基の神輿が担ぎ落され、50mほど上がったところにある鼠社まで神輿競争となった。そこから神輿は日吉三橋のひとつ、二宮橋を渡り、宵宮道を通って西本宮拝殿へ。真っ暗な宵宮道では松明の灯りだけが頼り。暗闇に松明の香りがたちこめ、駕輿丁たちの掛け声がこだまする。
 神輿は宵宮道から灯篭のある西本宮参道へと入り、朱色の楼門前で最後の見せ場に備えて息を合わせる。この楼門をくぐると、そこが西本宮拝殿だ。拝殿には西本宮の3基の神輿が待機しており、東本宮に関係するこれら4基の神輿が拝殿に上げられると、観衆から大きな歓声と拍手が巻き起こった。「山王七社」の7基の神輿が揃ったこの瞬間こそが「宵宮落し」のクライマックスだ。
 翌日、14日の朝から東本宮、西本宮それぞれの例祭があり、町を7基の神輿が巡行する「神輿神幸」ののち、神輿を御座船に乗せて湖上を渡る「船渡御」が行われた。唐崎神社沖で粟飯の御供(ごく)を献納し、再度、上陸した神輿は町を練り歩きながら、それぞれの神輿庫へ。そして最終日の15日、「酉の神事」、「船路の御供献納祭」が無事終わると、長かった山王祭の幕は閉じられた。
(取材日:平成22年4月)

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