伝統再発見

近江上布・愛荘町

近江上布・愛荘町

基本情報
名称 近江上布
URL http://www.asamama.com/
文化財指定等 経済産業大臣指定伝統的工芸品
所在地 愛知郡愛荘町愛知川13-7(近江上布伝統産業会館)
電話番号 0749-42-3246
営業時間 10:00~17:00
定休日等 月曜日
料金 入場無料。体験など詳しくは問合せ
※平成23年2月現在

~麻を使った伝統の品~

この道50年の近江上布の織りの伝統工芸士、川村隆一さん。(高機で織る)

 近江上布は鎌倉時代、京都の職人が湖東地域に渡り住んで麻織物の技術を伝えたことで始まったと云われている滋賀県の伝統的工芸品。江戸時代には彦根藩主・井伊家の保護により発展し、近江商人によって全国に広がったと伝えられている。織り方には「経糸(たていと)のみ模様を染めて織り上げる経絣(たてがすり)」「緯糸(よこいと)のみ模様を染めて織り上げる緯絣(よこがすり)」「経糸と緯糸どちらも染めて織り上げる経緯絣(たてよこがすり)」の3種類があり、それぞれ異なる製造工程をふむ。『上布』とは上質の麻織物のことを指し、優れた通気性・吸湿性がある。現在では着物などの和装だけでなく、洋服やインテリアの素材としても使用されている。昭和52年3月には伝統的工芸品として経済産業大臣の指定を受けた。

 右から緯絣、経絣、経緯絣で織られた近江上布。

 近江上布は、取引の中心が高宮(現在の滋賀県彦根市)であったことから「高宮布」あるいは単に「高宮」とも呼ばれていた。現存する最もふるい記録では

「宝徳元年(1449)に、近江国高島郡と越前国の神官が吉田家への土産として「高島十端」・「高宮5端」を持ってきたことが京都吉田の社家鈴木氏の日記に記されている」
(今に伝わる近江上布の織りと染め,2004,p3)

とあるように贈り物とされるような一種の高級品として珍重されていた。また、江戸時代に入っても全国的に知られるブランドとして、夏物布の代表として人気があったという。

高機より以前、江戸時代ごろに使われていた天秤機(地機ともいう)。体全体を使って織る。近江上布伝統産業会館で体験するときはこれを使う。

 そもそもこの近江、湖東地方で麻織物が発展したのには2つの理由がある。一つには豊かな水があり、清らかな水が流れる環境から乾燥に弱い麻糸を使うのに適していたこと。享保19年(1734)に著された近江與地志略によると、高宮で生産された上布は「細繊絹のごとし」や「当国の産を生平の第一とす」のように高い評価を得ている。
 もう一つは近江商人の活躍。近江を拠点に全国へ行商に出ていた近江商人たちは商売に行くときは近江上布や蚊帳など、近江の特産物を持って売り歩き、帰りには商売を行った地の特産物を仕入れてまた商売を行いながら近江に帰るといういわゆる『のこぎり商法』を行っていた。

手作業で作る麻糸。繊維の向きをそろえて糸の太さなども調節していく。

 古来より続く伝統の技、織りや染色など各工程に伝統工芸士がおり、近江上布の技法は現代に伝わっている。「長年やってきたが麻糸は絹糸に比べると扱いが難しい。もちろん先人の知恵が詰まったこの伝統を残していきたいという気持ちはある」と話すのは伝統工芸士の川村隆一さん。
織物作りに携わって50年、長い年月麻糸にふれてきた職人さんにもこう思わせる麻糸。植物の繊維を撚ったもので、織っている最中に切れやすいという性質から扱いが難しい。しかし、一方で他の生地より優れた性質も持つ。綿の4倍以上の蒸散性、水に強いという性質、糸を織って布になれば衝撃にも強くなるという特性がある。特に夏はちぢみ加工が施されているため通気性もよく涼しく感じられるという。化学繊維の服など安価なものが増えたことから近江上布を使ったものが売れなくなっており、年間通しても作られる数が少ない。注文があってから作るというのが現状だという。伝統工芸士も現在12名で、伝統の技を若手に伝えていくことには課題が多く残る。
一方、愛荘町にある近江上布伝統産業会館では、この伝統ある近江上布作りを体験することができる。糸作りから機織まで専門の職員の指導をうけて作品を作る。すべてを手作りで行うことから難しい部分などがあるが、今までの受講生の中には自分の作った布でバッグを作った人もいるという。

参考引用文献:
秦荘町教育委員会『今に伝わる近江上布の織りと染め -近江上布制作の手引き-』2004年11月10日

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