伝統再発見

伊庭の坂下し祭・東近江市伊庭町

伊庭の坂下し祭・東近江市伊庭町

基本情報
名称 産土五神社春季例祭(通称「伊庭の坂下し祭」)
URL
文化財指定等 県選択無形民俗文化財
開催地 東近江市伊庭町 繖峰三(さんぽうさん)神社、大浜神社・仁王堂周辺
電話番号 0748-48-2100(東近江市観光協会)
開催日 毎年5月4日
開催時間 12時頃~日没
料金 無料
※平成22年11月現在

~近江の奇祭、「伊庭の坂下し」は命懸け~

見ているほうも手に汗握る命がけの坂下し。

見ているほうも手に汗握る命がけの坂下し。

 東近江市伊庭町の繖山にある繖峰三神社(さんぽうさんじんじゃ)では毎年5月4日、近江の奇祭のひとつに数えられる「伊庭の坂下し」が行われる。山の上から神輿を麓まで引き摺り下ろすこの荒々しい祭りは、800年以上もの歴史を誇るといい、もともとは坂本の日吉大社の「丑の神事」を手本に始められたという。県内のほかの祭りでは決して感じることのできない息をのむような緊張感が、祭りの間中、あたり一帯に張り詰める。
「伊庭の坂下し」は、おそらく滋賀県内で見られる祭りのなかでは、もっとも危険と隣り合わせの祭りといえるだろう。何しろ、山上から麓まで何百kgもある神輿を引き摺り下ろすのだから。

伊庭の坂下しが行われる繖峰三神社。

伊庭の坂下しが行われる繖峰三神社。

 繖山の山腹にある繖峰三神社から神社の大鳥居がある麓までは、およそ500mの道のり。高低差は170mほどもあり、そのほとんどは断崖絶壁で、途中に何箇所もの難所がある。なかでも最大の難所「二本松」と呼ばれる箇所は、高さ6mにもなる切り立った崖。「こんなところを神輿が下るなんてひっくり返りはしないか」と、見ているほうもハラハラ、ドキドキが止まらない。神輿を下ろす若衆たちの表情からも命懸けの真剣さがストレートに伝わってくる。常識で考えれば明らかに危険だとわかる岩場の上を神輿が引き摺られていく、というよりも転がり落ちてゆく瞬間は、この祭りにはなくてはならないハイライトだ。ほかにも、「屏風岩」と呼ばれる高さ2m近くもある垂直の一枚岩を神輿が下りる場面も見逃せない。
 山を下る神輿は全部で3基。それぞれ、「三ノ宮さん」、「八王子さん」「二ノ宮さん」と呼ばれ、その重量は重いもので500kgもあるという。神輿は前日に山上まで上げられるが、それも文明の利器は一切使わずに人力で上げるそうだ。祭りの当日、神輿の前に先導役が立ち、左右にも何人かが入って、後ろから2本のロープで引っ張りながら引き摺り下ろす。「ヨイトコセーノ、ソーレ!」などと掛け声を掛けあって、全員が全体を把握しあいながら慎重に神輿を進める。あるときは数cmずつ、またあるときは一気に何mも神輿を引き摺り、3時間から4時間ほどかけて麓まで下りる。

お稚児さんとこいのぼり。快晴の下、大勢の見物客でにぎわった。

お稚児さんとこいのぼり。快晴の下、大勢の見物客でにぎわった。

 長い急斜面になっている鳥居のすぐ上のあたりに神輿が来ると、下から見守っている大勢の見物客の間にも緊張が走る。ここが「伊庭の坂下し」最後の見せ場だ。小休憩をして呼吸を整えた若衆たちが、掛け声とともに急斜面を一気に駆け下りる。神輿が鳥居をくぐって下までたどり着いた瞬間、激しい砂埃が舞い上がり、大きな歓声と拍手が巻き起こった。
 3基の神輿が麓まで下りると同時に、ほかからやってきた見物客のほとんどは帰ってしまう。だが、実はこの祭りには続きがある。麓まで下りたった神輿を含め、稚児や氏子、宮司、巫女ら祭り関係者全員が列をなして、伊庭の集落内にある大浜神社へと向かう。3基の神輿は、ふだん、この大浜神社にある鎌倉時代前期に建てられたという仁王堂(県指定文化財)に収められている。行列が大浜神社に入り、神輿が仁王堂に上げられると、祭りの最後に「競供」(せりきょう)という、若衆たちが西と東に分かれて御幣の取り合いをする行事が行われる。仁王堂の前の広場で、東、西の若衆たちが御幣をわれ先につかもうと入り乱れる。砂埃が舞い上がり、その迫力に圧倒される。東が勝てば豊作と言われている。

坂下しの後、繖峰三神社から少し離れた大浜神社で神事が行われる

坂下しの後、繖峰三神社から少し離れた大浜神社で神事が行われる。

 祭りの関係者の方に聞けば、この祭りはもともと4日間あったそうで、もともとは神輿を辰の日に上げて巳の日に下す「干支まつり」だったとのこと。注目を浴びるこの勇壮な祭りでも、やはり祭りの担い手不足が問題となっているようで、40年ほど前からくらべると参加人数は半減し、日程も短縮されたという。
 ときにはけが人が出るほど危険な「伊庭の坂下し」。まさに命懸けの神事だが、致命的な事故はここ50年ほど起きてないと聞き、胸をなでおろした。今後もこの「近江の奇祭」の伝統が末永く引き継がれていくことを願ってやまない。
(取材日:平成22年5月)

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