伝統再発見

穴太衆積み・大津市坂本~その3

穴太衆積み・大津市坂本~その3

基本情報
名称 穴太衆積み
URL http://www.geocities.jp/awata_i/(粟田建設HP)
文化財指定等 粟田純司さんは平成12年「現代の名工」表彰
所在地 大津市坂本3丁目11-29(粟田建設)
電話番号 077-578-0170(粟田建設)
営業時間
定休日等
料金
※平成22年10月現在
栗石の詰まった完成間際の石垣風景。雨の中では石もすべりやすく、常に危険が伴うので油断ならない。

栗石の詰まった完成間際の石垣風景。雨の中では石もすべりやすく、常に危険が伴うので油断ならない。

【その2からの続き】
 「石垣づくりでまず初めにやることは『石集め』です。山へ行き、石垣のイメージを頭に浮かべながら最適な石を選ぶ。『石集め』こそが穴太衆積みにとって最も肝心なことなのです」と純司さんは言う。いい石を選ぶのは本当に難しいことだそうで、最近は河川法などの関係で自然石の採取も厳しくなり、不本意ながら山で発破されたままの石を使うことも多くなってしまったのだとか。
 石垣を積み始める前の2~3日の間、純司さんは集めてきた石を見回りながらどんな石があるのかを覚えて、まず頭の中でそれらを組み合わせた図面を描く。頭の中で図面が完成して初めて、実際に石垣積みに取り掛かる。穴太衆積みはどの石も横にして横長方向に使い、それが布を横に並べたように見えるので、「布積み」とも呼ぶそうだ。「布積み」のほかに穴太衆積みの特徴として、上の石をひさし状にして少しはみ出すように積み上げる「鎧積み」(よろいづみ)という技法がある。これは、雨水が石垣内部に入らないようにするためのものだが、同時に石に手や足をかけにくくするための仕掛けでもある。石の重心は石垣表面から3分の1内側の接点にあり、表面は口を少し開けたような具合だ。石垣の角に積まれる「隅石」は、上層部から下層部にかけて穴太衆積み独特の美しい弧を描く。
 ほかにも、地震などでずり落ちないようにするために積み石を奥行き方向に長く寝かせる「ごぼう積み」や、石垣の裏に「栗石」と呼ばれるこぶし大ほどの大量の石を詰めるなどといった工法も穴太衆積みの大きな特徴として挙げられる。これらの特徴を兼ね備えた穴太衆積みでは、水はけもよく、栗石が地震の時にクッションとなって石垣本体の崩壊を防いでくれるのだという。
 粟田家は、比叡山・延暦寺を始め、天台宗の寺院とは歴史上の長いお付き合いがあるということから、いまも石垣修理などの依頼を受けるそうだ。
 今回、安曇川上流域の山あいの集落、大津市葛川坊村町(かつらがわぼうむらちょう)にある「明王院」(みょうおういん)を訪れ、石垣修理を行っている現場に立ち合わせていただいた。比叡山と関係が深い明王院は、回峰行者の聖地として知られる天台宗の寺院。平成17年から平成23年にかけて、重要文化財の本堂ほか3棟の修理事業が行われており、室町時代後期に建てられた明王院政所表門の補修に伴い、周囲の石垣の積み直し工事を粟田建設が請け負っている。

「明王院」の政所表門と修理中の門まわりの石垣。

「明王院」の政所表門と修理中の門まわりの石垣。

 この重要な仕事を任されているのは、清水慎一朗さん、中西正夫さん、畔柳智(さとし)さんの3人。滋賀県出身の清水さんは学校を出た後、アルバイトで石積みの仕事に携わるようになった。初めは何の気なしに始めたそうだが、見よう見まねでやっているうちに歴史ある穴太衆積みの奥深い魅力にはまっていったという。いまでは20年になるというベテランだ。同じく滋賀県出身の中西さんも10年になるという目利きの石工。愛知県からやってきた一番若手の畔柳さんは、実家が石材店ということもあり、穴太衆積みの技法を習得するための修業として働いているのだという。
 積み直しの現場を監督していた清水さんが、作業の進め方を丁重に教えてくれた。まず、石垣を解体する前には各石に合番を記したテープを張り、上下左右の石と石の位置関係をはっきりさせるために、目印として「合墨(あいずみ)を打つ」(墨を入れる)。基本的に元々組まれていた石を元あった場所にはめ込むのだが、表面が割れていたり、表面は割れていなくてもなかで割れていたりする場合には石を取り替えるという。その場合、石の質を丁寧に調べて、できるかぎり元ある石と同じ質の石を探し出す。
 ショベルカーで石をつるし上げ、3人でひとつの石を積んでは、置き場所がしっくりときているか、正確に「あたり」(石と石の接点)を調整する。1人が全体のバランスを見極め、何度も石をはめたり、はずしたりしながら、石が一番しっくりと納まるまで繰り返す。「ゆるめて」「ねかせて」「本止めして」などといった言葉が要所要所で飛び出すが、作業は真剣そのもので、言葉数は少なく、ほとんど「あ・うん」の呼吸で進んでいく。ときには、ひとつの石を的確な場所へ置くのに、半日ぐらいかかることもあるのだという。それぐらいひとつの石を配置することは重要なことで、もし、ひとつでもおかしな具合に石がはめ込まれていると全体に重大な影響を及ぼす。
 現場全体を見渡しながら、作業の指示を出していた清水さんは、「大きな名城の石垣を積んでみたいというよりも、むしろ、かつて穴太衆たちが関わった城の石垣を『石の声』を聴きながら本物の穴太衆積みで積み直したい」と語る。師匠、純司さんの教えは、弟子たちに確かに伝わっている。作業中の3人の表情からは、大切な文化を継承し、守り抜いていこうという気概と誇りがしっかりと伝わってきた。【その4に続く】
その1 その2 その3 その4

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