伝統再発見

近江中山の芋競べ祭り・日野町

近江中山の芋競べ祭り・日野町

基本情報
名称 近江中山の芋競べ祭り
URL http://www.biwa.ne.jp/~hino-to/005.html(日野観光協会HP内)
文化財指定等 国指定重要無形民俗文化財
開催地 滋賀県蒲生郡日野町中山 熊野神社
電話番号 0748-52-6577 日野観光協会
祭礼日 9月1日
定休日等
料金
※平成23年9月現在

~親から子へ受け継がれてきた天下の奇祭~

多くの見物人が見守る中、芋打ちが行われている。

 蒲生郡日野町中山に伝わる一風変わったお祭りがある。「近江中山の芋競べ祭り」として平成3年に国の重要無形民俗文化財に指定されたもので天下の奇祭といわれている。中山集落が東と西にわかれて里芋の長さを競べる神事。野神山の祭場で古式にのっとった儀式が行われ、最後に芋競べが行われる。西が勝てば豊作、東が勝てば不作と言い伝えられている。この祭り、古くは旧暦の8月行事とされていたが、昭和46年以降に現行のように9月1日に行われるものとして定着した。神事で用いられるのは里芋の一種でトウノイモという芋(本稿では里芋と表記する)で、根本から葉先までの長さを儀礼的に競い合うことで豊作を祈った。

集落の中で育てられている里芋(トウノイモ)。東と西からそれぞれ1つ選ばれる。

 祭りには山若、山子、宮座、勝手の4役が関わる。裃を着ている16歳以上の青年を山若(やまわか)と呼び、東西から各7名で14名が選ばれる。この日の祭儀の一切を執り行う。山子(やまこ)は絣の着物を着て祭りに参列する8歳から14歳までの子供達。野神山の祭場を作る重要な役割がある。宮座(みやざ)はかつて山若であった村の長老13人が務める。「おとな」とも呼ばれ、祭儀の元老のような位置をしめる。勝手(かって)は山若を上がった人から選ばれ、紋付の羽織袴を身に付けている。神事が進むにつれて必要な品々を祭場へ繰り出す。

神へ供えられるものと同じ山子に出された膳。「をり」は、米の粉をねって魚をかたどったもの。食紅などで赤く塗っている。

 祭り当日の9月1日、この日は前日から選ばれていた芋を早朝から東西それぞれで収穫し、神事に備えた飾り付けが行われる。
 午後1時、太鼓の合図と共にそれぞれの集落から山子が孟宗竹に飾り付けられた里芋を担いで熊野神社へ参内する。詣でた後は社務所で三三九度の盃が行われた後にまた芋を担いで祭場へと移動する。この移動の際も、東と西で別れて決められた道を通る。
 祭場は8月下旬から山子たちによって作られており、敷石が並べられている。山若と山子が所定の位置につくと神事が始まる。このとき一番尉(山若の一番の年長者)は神の代役を務める。

 芋の供進、神の膳を奉る、山若と山子に膳をだすなどの儀式が行われ、それぞれの行為のあいだには神を拝する所作が入る。神に供えられるものは餅・をり・せんば・ぶど・かもうり・ささげ。山若たちにも同様のものが出される。この膳が下げられると次に行わるのが神の角力。東西の山子が組み三番尉が行司役となって行われる。

「東の芋より西の芋は、1丈も2丈も3、4丈も5、6丈も長う打ちましてござる」など独特な言い回しで長さを告げる。

 いよいよ最後に行われるのが芋競べ。二番尉が進行役を務め、三番尉が定尺(芋を測るためのものさし)を持ち芋の長さを測る(「芋を打つ」という)。このとき酔っ払ったような千鳥足の動作で芋の長さを測っていく。双方が打ち終わると測った結果を述べるのだがお互い自分たちの方が長いと主張し勝敗は決まらない。再び芋を打ち互いが長さを主張するということが繰り返される。ついに勝敗が決まるときには東西勝った側から発声が行われ、負けた側は自分たちの芋が短かったことを告げる。この間、周囲で見守る見物人らは独特な言い回しに耳をすませて東西の報告を聞く。最後は東西で芋が取り替えられ神を拝し山を下る。他では見ることができない天下の奇祭と言われる祭り。800年以上続いてきたとされる伝統の行事は親から子へと代々受け継がれている。

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