伝統再発見

米原曳山まつり・米原市

米原曳山まつり・米原市

基本情報
名称 米原曳山まつり
URL http://www.biwa.ne.jp/~hozonkai/(米原曳山まつり保存会)
文化財指定等 県選択無形民俗文化財
開催地 滋賀県米原市米原
電話番号 0749-52-0787(米原曳山祭保存会)
開催日 体育の日を含む10月の3連休
2011年の巡行時間 10月8日(土)宵宮12:00~ 10月9日(日)本楽12:00~ 10月10日(月)後宴12:30~
料金
※平成23年10月現在

~シャギリの音が鳴り響く華やかな秋の祭り~

 本楽の湯谷神社には大勢の見物客が訪れる

 10月は米原に華やかな祭の季節がやってくる。シャギリの音が鳴り響き、曳山が運行され、子供歌舞伎が披露される米原曳山まつりだ。米原の湯谷神社の祭礼で、県選択の無形民俗文化財にも選択されている。本楽では神社の境内を埋め尽くすほどの観客が訪れ、稽古を重ねた子供たちの熱演に拍手と歓声が上がった。

稽古を重ねて披露される子供歌舞伎。見事な演技に観客からは大きな拍手が起こった。

 現在のように曳山狂言が演じられる米原曳山まつりは江戸時代後期(明和年間1764~72)から行われていたと伝わる。『近江国坂田群誌』には「明和7年、3輌の曳山を造り、祭日には児童をして狂言を演ぜしむ」の一文があり、もともと行われていた湯谷神社の祭礼に長浜の曳山祭りを見習って今の祭りの姿となったのだという。平成12年より体育の日を含む3連休が祭礼日となっている。
 米原地区の北町が「旭山(あさひやま)組」、中町が「松翁山(しょうおうざん)組」南町が「壽山(じゅざん)組」をそれぞれ伝承し、各1台ずつで計3台の曳山を保有する。2011年、壽山組は運休であったが、旭山組は『鎌倉三代記 絹川村の場』を、松翁山組は『碁盤太平記 山科閑居 大石妻子別れの場』を子供歌舞伎の演目として披露した。

迫力ある「登り山」。威勢のよい掛け声を上げながら曳山が坂道をのぼっていく。

 曳山が運行されるのは宵宮、本楽、後宴の3日間。1日目の宵宮ではJR琵琶湖線の線路を越えて駅の西口側へ行くため曳山が跨線橋を渡る。曲線を描く登り坂で曳山を引くのは難しく、小さな方向転換を繰り返して渡りきる。渡った先では、市役所や米原駅前で子供歌舞伎が行われる。夜8時ごろにはお祭りの最大の見せ場でもある、湯谷神社までの急な坂道を登る「登り山」を見ることができる。曳山を引く若連中の威勢のよい掛け声と曳山がぐいぐいと坂を登る光景は米原ならではのもの。提灯明かりに浮かびあがる曳山と若連中の姿も力強さを感じさせてくれる。

 2日目の本楽は、朝から役者と正装した若い衆、世話方が湯谷神社まで行列をなして練り歩く 「御渡り(おわたり)」が行われ、その後神社でお祓いを受ける。午後からは湯谷神社で子供歌舞伎の奉納が行われる。ここでは特に多くの観客が境内を埋め尽くし、祭期間中で一番の盛り上がりを見せる。米原の曳山は長浜をお手本に作られているので、年代的、構造的には一歩譲るところがあるが、古来より「山を見るなら長浜、芸を見るなら米原」などとも言われているように、子供役者の芸についてはひけをとらない。稽古を重ねた子供たちの演技が祭りを盛り上げる。
 3日目の後宴では各組が自町で曳山を巡行し、子供歌舞伎を披露する。締めくくりとなる千秋楽では若連中がいろいろと工夫し、セリフを入れ替えたり、役者の衣装や小道具に趣向をこらし、面白おかしく歌舞伎を行う。3日間行われてきた同じ演目も最後は遊び心を加えて行われ、祭りの最後を飾る。

町内を曳山が巡行し子供歌舞伎が上演される。曳山は民家の間のギリギリを通っていく。

 また、祭を子供歌舞伎とともに盛り上げているものに祭囃子がある。米原曳山祭では囃子のことを「シャギリ」と呼んでおり、太鼓・すり鐘・笛で構成され、1グループ6~7人で行われる。各山組ではシャギリ保存もこの祭の重要な伝統の1つであると考え保存会を結成し、山組み独自のシャギリを伝え残そうとしている。普段の稽古のほか、時には各種のイベントでも演奏を披露している。子供歌舞伎の役者は男の子のみだが、シャギリ保存会には女の子も参加できる。松翁山組には3年前に新しくできたシャギリ組に他の地域からも女の子が参加している。 
 松翁山組筆頭総代の古澤宏之さんは「他の地域では曳山は残っているが祭り自体は途切れてしまっているところがある。一度途切れてしまうと再開させるのは難しい。伝統文化なのでいつまでも続けていきたい。」と思いを語ってくれた。

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