芸術再発見

作曲家 中村典子さん

作曲家 中村典子さん

~平成22年滋賀県文化奨励賞受賞者に聞く~ 

平成22年11月、京都のバロックザールで行われた公演のリハーサル風景。舞台照明などの指示を出すこともある。

平成22年11月、京都のバロックザールで行われた公演のリハーサル風景。舞台照明などの指示を出すこともある。

 平成22年に滋賀県文化奨励賞を受賞された、現代音楽(クラシック)作曲家の中村典子さん。作品は世界各国で高く評価され、日本、韓国、中国、アメリカ、メキシコ、ドイツ、フランス、スイス、オーストリア、スペイン、スウェーデン、ノルウェーなど世界12カ国の各地で上演されている。また、滋賀県草津市で生まれ育った中村さんは、滋賀の自然や風物を織り込んだ楽曲を創作し、県内文化ホールにおいて上演するなど、音楽を通して滋賀の魅力を広く国内外に発信している。中村さんに作曲や創作活動と滋賀とのかかわりについて伺った。
 中村さんは周囲にのどかな田園風景が広がる草津市上笠出身。周囲には伝統芸能が溢れ、学校ではオルガンやピアノを弾くという環境で育ち、中学・高校では合唱部・合唱団に所属するなど、音楽と親しみながら成長してきた。幼い頃から「音楽を創るひとになろう」という思いがあり、周囲の風景と音楽についていつも考える傾向があった。環境と創る音楽とが密接に結びついていたのだ。「当時接していた伝統芸能と、草津の風景はぴったりと合っていました」と中村さんは当時を振り返る。

「自分自身とかかわりのあるものから音楽を作りたい」と話す中村さん。

「自分自身とかかわりのあるものから音楽を作りたい」と話す中村さん。

 しかし、中村さんが選んだのはクラシックという西洋音楽の道。周囲の景色と音楽とが合わないという意識を持ちつつ、習得にひたすら時間のかかるクラシックに、大学院に進むときまで疑問どころではなかった。しかし、院への進学試験に合格した瞬間に大きな変化があった。「合格したと同時に、これから何をすればいいか、この世界にどんな作品が必要なのか、本当にわからなくなって…… なにもできなくなるほど悩んでしまいました」と中村さん。天地がひっくり返ったような気分を味わう中で、自分を見つめなおした結果、ある疑問に向き合うことになった。
「西洋の音楽や作曲家のことは良く知っているのに、自分のこと、地域のこと、お米の作り方など、身近なことは何ひとつ知らないできた、という当たり前のことに気づきました」。足元の不確かさを実感した中村さんは、草津の地図を眺めて、自転車で草津市内に200もある神社を巡った。幼い頃から身近にあったものや風景を再確認し、ようやく一歩が踏み出せたという。
 クラシックに加えて歌舞伎や邦楽など、日本の音楽・アジアの音楽に積極的に接するようにもなった。「これらの向こうに、今まで学んだクラシックがあったのだという感覚を得たのです。西洋と日本の音楽は別々ではなく、“繋がっている”ことがわかった、ということでしょうか」。草津があり、滋賀があり、日本があり、その向こうに大陸が広がっているという感覚を持つことで、新たな世界を発見できたのだ。

中村さんが作った楽譜。楽譜は鉛筆で手書きするとのこと。

中村さんが作った楽譜。楽譜は鉛筆で手書きするとのこと。

 中村さんの創る作品は大きく変わった。音楽を通じて、草津や滋賀から、つまり自分の場所からのすべてを描くようになっていった。中村さんは「邦楽器においては多数描かれてきている滋賀の風景、風物ですが、滋賀や草津から高い濃度で発想されたクラシック音楽は、これまで人間の歴史のなかで一度も存在していませんでした。広重が描いた木版画によって、東海道五十三次や近江八景など、滋賀の風景は世界を魅了しています。私もまだ書かれていない、自分の育った風景、周囲の景色から音楽を発想し、作品としていこうと思うようになりました」という。同時に、洋楽器と邦楽器を同じ舞台に上げて演奏をするような、クラシックでは従来見られなかった方式を取り入れるなど、これまで描かれたことのないモチーフを作品に仕上げるための工夫もしているという。その後、次第に作品が認められ、国内外で評価されるようになり、活動の舞台が大きく広がった。
「滋賀県の真ん中には琵琶湖があります。毎日“水”を眺めている人も多いのではないでしょうか。私自身もずっと琵琶湖の近くで育ってきました。どんな作品を創っても、根底には滋賀の自然や琵琶湖という存在があるのだと思います。滋賀の地からエネルギーを頂いて、生かした結果が私の作品。作品自体はクラシックという範疇にありますが、それを越えて、草津や滋賀など“自分の場所”を発信し続けています。地理的に日本の中心であり、東西の境目ともいえる滋賀で生まれ育ったことは、作品にすべて生きています。滋賀で育って、本当に良かったと思っています」

中村典子

(プロフィール)
昭和40年滋賀県草津市生まれ。京都府在住。
京都市立芸術大学音楽学部作曲専修卒業。京都音楽協会賞受賞。
同大学院入学後、大学派遣によりブレーメン芸術大学へゼメスター留学。
平成3年、京都市立芸術大学大学院音楽研究科作曲専攻修了。大学院賞受賞。
日本現代音楽協会、日本作曲家協議会会員。
平成8年より京都市立芸術大学専任講師。
平成13年、京都市芸術新人賞受賞。
平成22年、滋賀県文化奨励賞受賞。
CD6枚、出版楽譜12点をリリース。

故廣瀬量平、北爪道夫、前田守一、藤島昌壽、田島亘、故H・J・カウフマン、ジルベール・アミ等の各氏に師事。
作品はアジア、ヨーロッパ、アメリカ、メキシコなど世界12カ国の各地で上演されているほか、NHKのテーマ音楽やドラマ音楽の制作、創作バレエ、シアターピースの上演など多彩な活動を行っている。また、詩人としても言葉と音楽におけるシームレスな音楽世界を展開。京都を中心に音楽会の企画・開催や海外アーティストの招聘にも積極的に取り組んでいる。
(取材日:平成22年11月12日)

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