伝統再発見

朽木古屋の六斎念仏踊り

百間堤・大津市大物地先

基本情報
名称 朽木古屋の六斎念仏踊り 川仏
文化財指定等 滋賀県選択無形民俗文化財
所在地 高島市
※平成31年3月現在

~朽木に残る鎮魂と祖霊供養の盆行事~

 六斎念仏は平安時代の僧空也に始まると伝えられる。鎌倉時代からは京都市内や福井県若狭地方でも盆行事として継承されている。京都から針畑川沿いに若狭へ人々が行き交ったこの地域に文化や芸能が伝わったと考えられる。かつては生杉(おいすぎ)・中牧・小入谷(おにゅうだに)でも六斎念仏踊りが行われていたが、今は古屋の集落に残るのみである。

 

 古屋での六斎念仏踊りは8月14日に集落山手の玉泉寺で施餓鬼のあと、夜10時頃から一行が集落内の家を一軒一軒まわり縁先で踊るというもので、終わるのは15日の朝明け頃になったという。踊りを見ようと他の集落からも人が集まり賑やかだったと年配者は話される。それが1960年代からの産業構造の変化で生業であった山仕事が減少し、踊りを担った青年層はその子ども達と共に他の地域に出て行かざるを得なくなった。お盆に帰り六斎念仏踊りはつづけられたが踊り手が高齢になったこともあり、2000年頃からは玉泉寺で行われた。

 

 六斎念仏踊りは保存会を立ち上げるなど保存が図られたが次世代への継承は困難で、踊り手の高齢化で2012年を最後に玉泉寺でも行われなくなった。2015年滋賀県教育委員会が映像による踊りの記録を始め、高島市内では文化庁の「文化遺産を生かした地域活性化事業」の採択を受け六斎念仏踊りの継承プロジェクトが始まる。これは民俗芸能に興味があるアーティストが継承者から踊りを習うというもので今も継続されている。このプロジェクトの中で踊り手の孫世代も踊りを習いに加わったことが特筆される。

 

遅くまでつづいた六斎念仏踊りが終わり朝を迎えると、各家の男達は針畑川に降りカワラボトケ(河原仏・川原仏)をつくる。川中に石で囲いをつくり、その中に石を積み六体地蔵をかたどる。川辺からは石で橋を渡し、花で荘厳する。日付が変わる頃に仏壇から供え物を運び祖霊を送り、山里の盆行事は終わる。

 

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