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魞漁・大津市堅田

魞漁・大津市堅田

基本情報
名称 魞漁(えりりょう)
URL
文化財指定等 平成18年水産庁選「未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選」
所在地 滋賀県大津市本堅田二丁目13-13 (堅田漁業協同組合)
電話番号 077-572-1411
漁業時期 漁期は11月21日~8月10日
定休日等
料金
※平成23年2月現在

~琵琶湖に浮かぶ魞の姿~

琵琶湖の伝統的な漁法である魞漁。オレンジ色の網が魚をとるためのもので、その上に鵜に魚を捕られないための青の網が仕掛けられている。

 魞漁(エリ漁)は琵琶湖一帯で行われている独特の漁法で、定置性の漁具を用いて行われる琵琶湖の伝統的な漁法。魚が障害物にぶつかると、その障害物に沿って移動するという習性をうまく利用している。傘状の大掛かりな仕掛けで、湖岸道路や琵琶湖大橋などから湖を見ると水面に棒のようなものが並んでいるのがそれである。縄文時代末期から古墳時代にかけて東南アジアから中国・朝鮮を経て近江に伝わったとされている。

網を端から寄せていくことで集まった琵琶湖の魚。棒つき網ですくいとっていく

 現在はFRP(強化繊維プラスチック)製の杭と、網で作られている魞だが、もともとは竹製。割り竹をシュウロ縄やワラ縄で編んだ竹カゴのような『簀(す)』と、それを支える『竹の杭』から作られていた。魞は簀の間隔によって、フナやコイやナマズなど大きいものを捕るものと、コアユやモロコやエビなど小さなものを捕る2種類に分けられる。前者を荒目魞、後者を細目魞という。竹製のため、沈めるのは水深7メートルほどが限界で、引き上げるのにはかなりの力が必要だったという。竹製のもので作られていたころは複雑な仕掛けであったが、現在の化学繊維の杭や網が使われるようになると魞の構造も単純化した。FRP製の杭は自由に長さが調整できるため、深いところでも湖底まで届くようになっている。
 昔は2月頃に魞を建て、7月末頃まで漁をし、アユが産卵期に入るころには仕掛けを壊していたため、魞は春から夏の琵琶湖の風物詩として親しまれてきた。現在は仕掛けの材質が改良されたこともあり11月ごろから漁が行われおり、その年の漁獲量によっては漁を休止する期間が設けられるという。

船の水槽にあげるまえに木屑などゴミを選別する。この水槽は魚を活かして運ぶボンベから酸素が供給されている。

 取材では堅田漁業組合の副組合長、今井政治さんの船に乗せていただいた。早朝5時、雨が降る中を出発。ツボと呼ばれる魚が集まる場所に到着すると、牽引してきた小さな舟と本船に分かれて網を杭に掛けながら徐々に手繰りよせていく。端からよせていき一箇所に魚が集まったところで小さな網ですくいとっていく。網ではなく簀のときは、タモ網に1メートルごとに印を刻んだ竹竿を付けて、浅い所から順番に印に合わせて深い所まですくいとっていた。かなりの力仕事であった魞漁は昔は数人で行われていたが、今は漁師の数も少なく、堅田ではほとんどが漁師とその奥さんの二人で行っているという。

 取材に訪れたときはまだ寒さが残る3月中旬であったため、主に鮎の稚魚である氷魚(ヒアユ)が多かった。船の中央に大きな水槽が2つあり、すくいあげた魚を選別して輸送する。この水槽には酸素が供給されており、生きたままの状態で港まで魚を運べるようになっている。以前は琵琶湖の水を汲み上げて入れ替えながら漁をしていたという。5月ごろになると捕れる魚も大きくなってくるので仕掛けの網を細かい目のものからやや粗い目のものに交換するそうだ。

琵琶湖の景色の一部となっている魞。沖合い500mまでに設置されている。

 古来より続けられてきた魞漁。伝統的な琵琶湖の漁法として平成18年には水産庁の「未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選」に選定された。仕掛けは単純化し、素材も化学繊維が使われるようになるなど、時代とともに効率化も図られてきたがいくつかの課題もある。
 まず一つに、魞を建てるには大きさにもよるが数千万円はかかること。これに見合う漁獲高が得られなければ琵琶湖から魞の姿が近い将来消えてしまう恐れもあるという。また、春になり温かくなってくると、外来魚の動きが活発になり、魞の中にもブルーギルやブラックバスが多くなるという。外来魚の問題は琵琶湖の漁業にとって重要な課題で、行政と共に外来魚の繁殖を助長する水草を刈るなど様々な取組が行われているが、以前として厳しい状況が続いている。
「琵琶湖の魚が捕れる量は少なくなっているが、それ以上に食べる人が少なくなっている。おいしい琵琶湖の魚をもっと若い人たちにも食べて欲しい」と今井さんは話す。

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